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第153回 公知の事実

H26.3.6 林 智子

突然ですが、「うちのチームのコーチって、実は若いころ、国体で入賞したんだって」という事実は、裁判の場で証明は必要でしょうか。それとも不要でしょうか。

民事訴訟法179条は、「裁判所において・・・顕著な事実は、証明することを要しない」と規定しています。ここにいう「顕著な事実」とは、「公知の事実」と「裁判所が職務上知り得た事実」を指すものとされ、一般に「公知の事実」とは、「一定地域において、不特定多数人により知られ、または認められており、裁判所もそれを知っている事実」であると定義されています。さきほどの例で言いますと、例えば「うちのチームのコーチは東京オリンピックで金メダルをとったことがある」という事実は、おそらく「公知の事実」に該当します。だいたいのイメージですが、街頭インタビューで半数以上の人が知っていれば、「公知の事実」と言ってよいと思います。これに対して、最初に挙げた「国体の入賞歴」というのは、ちょっと難しいかなという感じがします。

ところが、近時のインターネットの普及に伴い、「公知の事実」の外縁はどんどんファジーになってきています。昔なら役所とか図書館でしか調べられなかったような細かい情報も、今では誰もがスマホでキーワード検索をして、簡単にゲットできます。「国体の入賞歴」なんかも、調べようと思えば、ほんの数分もあればOKです。「公知の事実」として真っ先に頭に浮かぶ「新聞の一面を飾ったニュース」というのも、実は、わざわざ新聞を広げて読むよりもスマホ検索のほうが「公知」に近いという側面があります。

ちなみに、一般の民事裁判の最近の判決から実際に「公知の事実」として認定されている例をピックアップしてみますと、

  • (1)  犬などの愛玩動物が飼主にとって家族の一員として、かけがえのない存在になっていること(東京地裁 H25.8.21)

  • (2)  我が国においては健康保険・国民健康保険等を利用しないで病院を受診する者はほとんどないこと(大阪地裁 H25.8.15)

  • (3)  A雑誌が全国的に知られた月刊誌であること(東京地裁 H25.7.17)

  • (4)  「石綿による健康被害に係る医学的判断に関する考え方」報告書(横浜地裁 H25.5.30)

  • (5)  平成20年6月当時、膨大な量の数の過払金返還訴訟が全国で提起され係属していたこと(東京地裁 H25.5.17)

  • (6)  近年、障害者と障害者でない者が同等の生活を送れる社会の形成を目指すことについて、国民のコンセンサスが得られていること(東京地裁 H25.4.22)

  • (7)  タクシー乗務員の労働市場の流動性が高いこと(津地裁四日市支部 H25.4.17)

  • (8)  新規に承認された抗癌剤の副作用に間質性肺炎が含まれていること(最高裁 H25.4.12)

  • (9)  鳥取市の児童手当が毎年6月11日に振り込まれること(鳥取地裁 H25.3.29)

  • (10)  住民票の転出届・転入届の際、手続を行う者の身分証明書の提示とともに、代理人が行う場合、本人の自筆の委任状が必要とされていること(東京高裁 H25.3.6)

  • (11)  携帯電話の留守番電話の音声記録は10回以上携帯電話のコールがないとなされないこと(名古屋高裁 H25.2.28)

  • (12)  Bの得票数が民主党の比例代表選出候補者45名中42番目であること(東京地裁 H25.2.28)

  • (13)  C金融機関は山陰地方の沈滞した経済情勢の下、それでなくても営業面で第1地銀に差をつけられ顧客を獲得したい状況にあったこと(鳥取地裁 H25.2.14)

  • (14)  週刊誌の新聞広告においては、ある程度簡略な表現や誇張した表現が用いられることが少なくないこと(東京地裁 H25.1.21)

  • (15)  バブル経済の最盛期には、金融機関が顧客に特段資金需要の必要性がないのに、金融機関側が懇請して、顧客との間で融資契約を締結したりしていたこと(大阪高裁 H25.1.11)

など、枚挙にいとまがありません。

ただ、すぐに気がつくと思いますが、街頭インタビューをして、民主党の比例代表選出候補者45名中42番目が誰なのか(12)を答えられる人は、ほとんどいないと思いますし、何回コールしたら携帯電話の留守番電話につながるのか(11)知らない人も結構いると思います(私は知りませんでした)。石綿の危険は知っていても、具体的な報告書の存在(4)まで「公知」と言われると、ちょっと違和感を覚えます。おそらく「不特定多数人により知られた事実」という定義が、「誰でもすぐに手に入る情報」という方向に変質しつつある傾向が読み取れるように思います。

もちろん、当事者が裁判で主張する事実について「公知の事実である」と言いっ放しという例はあまりなく、何らかの根拠を示して証明しようとするのが通常ですから、そんなに驚くこともないのでしょうが、うっかりすると裁判所から突然「公知の事実である」と言われて煮え湯を飲まされる危険もありますので、日頃から気を付けておく必要があるかもしれません。

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