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第155回 使用者に要求される健康配慮義務の程度

H26.4.1 名倉 大貴
  • はじめに

    労働契約法5条には,「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。」と定められており,この条文は,いわゆる「安全配慮義務」を定めたものと考えられています。安全配慮義務の内容については,これまでにも裁判例が蓄積されており,従来は,労働者が危険な作業に従事するケースや業務中に事故に巻き込まれるようなケースについて主に議論されてきました。その一方で,主に過労死,過労自殺のケースなどにおいて,安全配慮義務の一内容として,労働者に対する「健康配慮義務」が取り上げられることも増えてきています。

    先日,メンタルヘルスに問題を抱えた労働者への健康配慮義務の内容,程度について,注目すべき最高裁の判例が出ましたので,今回はこの判例をご紹介したいと思います。

  • 最二小判平成26年3月24日について

    本件の原審である東京高裁では,Y(使用者)における過重な業務によって平成13年4月頃にX(労働者)に発症し増悪した鬱病(以下「本件鬱病」といいます。)につき,YはXに対し安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償責任を負うとした上で,Xが神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等の情報を上司や産業医等に申告しなかったことは,YにおいてXの鬱病の発症を回避したり発症後の増悪を防止する措置を執る機会を失わせる一因となったものであるから,Xの損害賠償請求については一定の過失相殺をするのが相当であると判断しました。

    東京高裁は,Xが上記の情報をYに申告していなかったという事情が損害賠償額を減額する要因の1つとなると判断したわけですが,X側がこの点を不服として最高裁に上告受理申立てをしたところ,最高裁は,YにおけるXの業務の過程,当該業務の負担が相当過重なものであったことを指摘した上で,以下のとおり判示して,上記事情による過失相殺は認められないと判断しました。

    上記の業務の過程において,XがYに申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は,神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので,労働者にとって,自己のプライバシーに属する情報であり,人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は,必ずしも労働者からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ,・・・労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。・・・(中略)・・・過重な業務が続く中で,Xは,・・・体調が不良であることをYに伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し,業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから,Yとしては,そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり,その状態の悪化を防ぐためにXの業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったというべきである。これらの諸事情に鑑みると,YがXに対し上記の措置を執らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて,XがYに対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当ではなく,これをXの責めに帰すべきものということはできない。

  • 若干のコメント

    上記の最高裁の判示を前提とすれば,特に労働者がメンタルヘルスに問題を抱えている場合には,通常の身体的傷病の場合と比較しても労働者からの病状の自己申告が期待できないことを考慮する必要があり,使用者に労働者が業務過重な状態であることや体調が悪化していることを把握するきっかけがあった場合には,労働者から申告がなくても使用者から業務軽減等の積極的な措置を執る義務があることになります。この点では,私傷病に関する事例ではあるものの,精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては,精神科医による健康診断等を実施してその結果によっては治療を勧めた上で休職等の処分を検討し,その後の経過を見るなどの対応を採るべきであると判示した日本ヒューレット・パッカード事件の最高裁判決(最二小判平成24年4月27日)と共通の流れで理解できる判例ではないかと考えます。

    労働者のメンタルヘルスに問題がある場合,上記判例も指摘しているように,労働者側からの申告が期待し難いことに加え,使用者側としても病状の客観的な把握が難しいため,どうしても対応が及び腰になってしまいがちですが,(1)できる限り明確な対応手順を事前に定めておく,(2)直接の上長が問題を把握した場合に速やかに人事部等と相談し,連携がとれる体制を整えておく,といった事前の体制作りが重要になってくると考えます。

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