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第189回 認知症患者の家族の監督責任に関する最高裁判例
−最高裁平成28年3月1日第三小法廷判決−

H28.4.26 佐々木 達耶
  • はじめに

    日本は,高齢者社会と言われるように,2015年9月15日時点での総人口に占める高齢者の割合は26.7%となっております。そして,その約15%が認知症に罹患しているとされており,特に,アルツハイマー型認知症については未だ原因解明がなされておらず,年々増加しているとされております。このように,これからますます増加していくことが予想される認知症患者の家族の監督責任について,先月,最高裁判所が初めて判断をしましたので,最高裁の判断のポイントを紹介したいと思います。

  • 事案の経緯

    本件は,重度のアルツハイマー型認知症にり患し,徘徊癖のあったAが,同居していた妻Y1がまどろんだ隙に出歩いてしまい,最終的に,駅のホーム先端のフェンス扉を開けてホーム下に降りたところ,電車がAに衝突し,Aが死亡するという事故(以下「本件事故」といいます。)が発生したのに対し,JR東海が,Aの遺族であるY1と長男Y2を相手方として,本件事故により電車遅延等が生じたことによる損害の賠償請求を求めたというものです。

  • Y1,Y2を相手方とした理由

    (1)  一般的に,電車との接触事故等が発生すると,一時的に電車の運転を見合わせることとなり,JR等の鉄道事業者には運転を見合わせた間の営業利益の損失等の様々な損害が発生します。そのため,鉄道事業者は,その事故を起こした者(死亡した場合にはその相続人である遺族)に対して民法709条に基づく損害賠償請求をすることが可能となります。

    (2)  この点,本件の場合は少し事情が異なります。JR東海は,Aに対する損害賠償債務を相続によってY1・Y2が受け継いだことを理由とするのではなく,Y1・Y2がAの監督を怠ったために本件事故が発生したという主張をしています。これは,Aのような重度の認知症患者は,民法上,事理弁識能力を欠く責任無能力者とされ,Aが不法行為責任を負うことはないところ,民法714条において,責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は,責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する義務があると規定されていることを根拠としたものです。

    (3)  このように,本件では,[1]Y1・Y2が監督義務者に該当するのか,[2]該当する場合にはY1・Y2がAの監督を怠ったといえるかという点が争点となり,[1]の点について最高裁が初めて判断をしたことで世間的にも注目を浴びることとなりました。

  • 下級審の判断

    第1審は,Y1・Y2ともにAの監督義務者に該当し,両名ともがAの監督を怠ったために,本件事故が発生したとの判断を下し,JR東海の請求を認めました。 これに対して,第2審は,Y2については監督義務者に該当しないためY2に対する請求は認められないものの,Y1については監督義務者に該当し,監督義務を怠ったとの判断を下し,賠償請求を認めました。

    これに対して,第2審は,Y2については監督義務者に該当しないためY2に対する請求は認められないものの,Y1については監督義務者に該当し,監督義務を怠ったとの判断を下し,賠償請求を認めました。

  • 最高裁の判断のポイント

    (1)  最高裁は,[1]Y1・Y2が監督義務者に該当するのかという点につき,1審・2審とは異なり,いずれも監督義務者には該当しないとの判断を示しました。

    (2)  まず,法的な監督義務者に該当するかという点については,配偶者や親族であることから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎づけることはできないとの判断をしました。また,成年後見人についても,身上配慮義務があることから直ちに法定の監督義務者には該当しないという判断をしています。

    他方で,法定の監督義務者に該当しなくとも,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らして,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視できる者については,法定の監督義務者に準ずべき者として民法714条1項を類推適用するとの判断をしました。

    (3)  ここでポイントとなるのが,「法定の監督義務者に準ずべき者」とはどのような者であるかという点です。

    この点について最高裁は,法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かについては,「その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的情況が認められるか否かという観点から判断すべきである」との判断を示しています。

    そして,本件においては,Y1がAの介護にあたっていた当時85歳であり,Y1自身も要介護度1の認定を受けていたことなどから,Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが現実的に可能な状況にあったということはできないとして,Y1は法定の監督義務者に準ずべき者には該当しないとの判断をしました。

    また,Y2については,本件事故まで20年以上もAと同居しておらず,事故当時は横浜市に居住し東京都内で勤務していたなど,Y1と同じくAの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが可能な状況にあったということはできないとして,Y2も法定の監督義務者に準ずべき者には該当しないとの判断をしました。

  • まとめ

    今回の最高裁判決は,あくまで,本件における妻や息子は監督義務者には当たらないとの判断を示しているだけであり,仮に妻が監督義務者に該当するとすれば,どれ程の監督をしていれば監督義務を怠っていないと評価されるのかという点については判断していません。したがって,認知症患者の家族がどの程度の監督をしていれば責任を負わないのかという点についてははっきりしないところではありますが,介護をすることが困難な者については監督義務者としての責任を負わせないといった判断を示した点で,意義のある判決であるといえます。この判決が,認知症患者の家族の介護の負担という点について今一度議論される契機になればと思います。

    そして,認知症患者が年々増加していく中,認知症患者の家族の介護の負担を軽減するために弁護士として何かできないかという点を考えると,弁護士としては成年後見人として財産管理や法的な問題への対応という観点から介護を行う人をサポートすることは可能なのではないかと考えられます。

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