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第209回 高齢者の財産を狙う遺言・養子縁組

H29.8.16 上谷 佳宏

近時,財産を有する高齢者を狙った悪質商法や振り込め詐欺や還付金詐欺等の特殊詐欺が多発していますが,裁判所においては,高齢者が作成した遺言や高齢者との間でなされた養子縁組の効力が争われる事件が増加しているように思われます。私は,その増加の原因の一部は,遺言や養子縁組が認知症の高齢者の財産を不当に手に入れるための手段として使われていることに起因しているのではないかとの疑いを持っています。

従前から,一部の推定相続人が認知症の高齢者に自己に有利な自筆証書遺言を作成させたり,推定相続人でない第三者が認知症の高齢者に自己に遺贈させる旨の自筆証書遺言を作成させたりして,高齢者の財産を手に入れようとする事例は多数存在していました。ただ,自筆証書遺言は,遺言者が第三者の関与なくひとりで作成できることから,作成させることに成功しても,相続開始後,その作成の真正や遺言能力が問題となり,判決により遺言が無効とされてしまう例もありました。遺言実務においては,このような紛争を避けるために,若干の作成費用がかかりますが,第三者の証人2名の立会のもとに,遺言者が口授する内容に基づいて公証人が作成する公正証書遺言が推奨されてきました。しかしながら,近時は,遺言能力に問題のある認知症の高齢者であるにもかかわらず,公正証書遺言に対する信頼性を悪用して,その遺言能力をめぐる疑いを生じさせなくするために,敢えて,公正証書遺言をさせる例も散見されます。

さらに,認知症の高齢者に遺言を作成させて財産を承継しようとしても,高齢者が自筆証書遺言を作成することが困難な心身状況にある場合には,ある程度の文章を自筆で書く必要がある自筆証書遺言の作成はできませんし,公証人や証人が関与する公正証書の作成についても,遺言能力に問題があることが露呈する可能性があることから実際上は困難な場合が多いと思われます。そこで,認知症の高齢者の財産を不当に手に入れるための手段として利用されるのが養子縁組です。養子縁組手続は,所定の養子縁組届出書に養親となる高齢者の署名捺印さえ取れれば,その余の事項は,養子側で記入等して完成させることができます。もっとも,証人2名の署名捺印も要求されますが,悪用しようと思えば,証人2名と共謀すれば,簡単に実行することができます。

私は,近時,いずれも認知症の高齢者に係る公正証書遺言の無効確認判決と養子縁組無効確認判決をそれぞれ得ましたが,いずれも,勝訴判決を得るのは容易ではありませんでした。前者は,80歳台後半の方で,公正証書遺言をした前年において既に認知症の診断を受けていたことが判明し,後者は,90歳台前半の方で,養子縁組届の直後に後見人選任の審判が出された事案であったので,いずれも認知能力に相当問題があることが推認できることから,裁判官は,比較的簡単に無効確認の判決を出してくれるものと期待していました。しかし,他方で,前者には,公正証書遺言をする前年まで高度専門職として日常業務を行っていたという事情と受け答えから遺言能力に問題がなかったと判断したとの公証人の証言があり,後者には,養子縁組という比較的簡単な意思表示をする能力程度は残存していたという被告側の主張があったこともあって,実際には,詳細な医療情報の証拠提出と分析,関係者の人間関係等の背景事情,日常の行動や発言内容の詳細な主張・立証を行う必要がありました。最終的には,前者については公正証書遺言をした直後になされた認知症の診断結果が,後者については養子縁組届の直後になされた後見人選任の審判の前提となる診断結果が,それぞれ能力のないことの認定の中心的証拠となりました。いわば裁判官が安心して,遺言時点における遺言能力あるいは養子縁組時点における養子縁組能力が欠如していたと判断できる訴訟状況に持っていくことができたからこそ,上記各診断結果を信用してもらえた結果,得られた勝訴判決ではないかと思っています。

上記各事案において,私は,90歳前後の高齢者が公正証書遺言や養子縁組をした場合には,将来関係者がその有効性に疑問を呈してくることは十分に予測して然るべきであるにもかかわらず,なぜ医師による認知能力に関する診断書を徴求しなかったのかを問題にしました。もちろん,上記各事案において,診断書を徴求しても,認知能力はないとの診断書しか徴求できなかったでしょうが。

このことからわかるように,これだけ超高齢社会になってきた現代においては,将来の紛争を可及的に避けるため,高齢者が公正証書遺言や養子縁組をする際には,医師の認知能力に関する診断書を徴求することが当然で,それをしていない場合には,認知能力がなかったと推認されるという経験則を醸成していくことが重要であると考えます。そして,もうひとつ,考えられることは,認知能力が存在することの補充的な証拠保全方法として,ビデオ等による動画撮影も活用すべきであると考えます。

もちろん,医師の診断書も,いわば忖度のもと馴れ合い的に作成される可能性もありますし,動画についても,編集により実態を歪めて記録される可能性もあります。しかし,それらがあれば,何もないよりは,認知能力を争う側に検証手段が増えることは間違いありません。

将来的には,一定の高齢者の遺言や養子縁組手続においては,医師の診断を必要条件とするとか,後者については未成年者の養子縁組と同様に裁判所の許可を必要とする等の立法的解決を図るべきであると思います。

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