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第211回 認知症の人にやさしいまちづくりを ー鉄道事故最高裁判決を中心にー

H29.9.25 幸寺 覚
  • 高齢化社会

    改めて言うまでもなく,日本は増々高齢化社会となり,2025年には,認知症患者は,2012年の約1.5倍の約700万人となって,65歳以上の高齢者のうち4人に1人が認知症に罹患すると予想されています。そして,認知症の方に関わる問題は様々な形で存在します。若い人も,近い将来は我が身のこととして考える必要のある大きな問題です。

    神戸市では,先般,そのような認知症の方にとって「やさしいまちづくり」とは何かをテーマに有識者会議が発足し,当職もその委員として参加しています。

  • やさしいまちづくりとは

    認知症の方にとっても,意思が尊重され,安心して安全に暮らすことができるまち,それがやさしいまちでしょうか。認知症の方にとってやさしいということは,家族にとってもやさしいまちということにすべきという意見もありますが,そのとおりでしょう。そんな中,認知症の方が起こした事故で家族がどこまで責任を負うのかという問題を考えさせられる判決が昨年出されました。既に第189回コラムで取り上げている判例ではありますが,今回はやさしいまちづくりという観点から,再度,問題点などをご紹介します。

  • 認知症の方が起こした鉄道事故による家族の責任(最高裁判所判決平成28年3月1日)

    注目された判例は,認知症の方の鉄道事故で鉄道会社の損害を身内の親族がどこまで責任を負わなければならないのかが問題となった事例です。認知症の方を家族で面倒を看ている人にとっては,大変関心のある判例となったことだと思います。

    事案は,平成19年12月7日に東海道本線共和駅で,認知症の方(当時91歳,要介護4,認知症高齢者自立度iv)が,徘徊して線路に立ち入り走行してきた列車にはねられ死亡したことにより,JR東海が認知症の方の遺族(妻93歳と長男65歳,妻事故当時は85歳)に対し,振替輸送費等の損害賠償を請求する訴訟を提起した事案です。

    そもそも,認知症の方が事故を起こしたときの責任は,どのように考えるのでしょうか。民法の不法行為の理論では,責任を負うためには,自己の行為が違法なものとして法律上非難されるものであることを弁識しうる能力が必要と説明されており,個別的に決定されますが,だいたい小学校を修了する12歳くらいが基準になると言われています。従って,責任を取る能力のない責任無能力者は,責任を負いません。この事案の場合も,認知症の方は,責任無能力者として責任を負わないのです。それでは,誰が責任を負うかと言うと,責任無能力者の監督義務者等です(民法714条)。本事案の場合は,妻と長男がそれに該当するかということが問題になりました(法定の監督義務者に準ずべき者かという問題も含みます)。一審の名古屋地方裁判所は,認知症の方の妻と長男に対して請求額約720万円の全額の支払いを命ずる判決を出しましたが,二審の名古屋高等裁判所は,長男に対する請求を退け,妻にのみ請求額の約半分の約360万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。このように,地裁と高裁で判断が分かれたのです。高裁が判決で述べた理由は,同居していた妻は現実に介護を行い,この認知症の方の行動を制御できる立場にあるから監督義務者としての義務がありその義務を怠らなかったと言えないが,長男は月に3回ほど実家に来ていた程度で日頃関与していたわけではないから責任はないというものでした。

    これに対し,最高裁判所は,いずれの責任も否定したのです。すなわち,認知症の方が起こした第三者に対する加害行為について監督義務者の地位を認めるためには,単に法令上監督義務がうたわれているだけでは足りず,「現実に具体的に加害防止のための監督ができるかどうか」という視点から具体的に判断するということを示し,本件では妻と長男はいずれも監督義務者ではないと判断したのです。もちろん,認知症の方が事故を起こした場合に,身近で世話をしている親族の責任を一般的に否定したのではありません。監督ができる状況であった場合,たとえば同居していた若年の子供が毎日認知症の親の面倒を看ていた場合などには,責任が発生する可能性は大いにあります。

  • まとめ

    上記最高裁判所の判例を推し進めると,結局日頃認知症の方の面倒を良く看ていた人が,事故を起こしたときは責任を負わされやすいという結果になるのではないか等と心配する声もあります。面倒を看る方の責任が重くなれば,認知症の方の面倒を看る人が少なくなり,認知症の方にとっては自由を制限された住みにくい世の中となってしまわないか,心配です。また,認知症の方が起こす可能性のある事故は,上記の鉄道事故だけでなく,火災や交通事故,傷害事件など多々考えられますし,鉄道事故のように企業が被害者となる場合だけでなく個人が被害者になるケースもあるでしょう。このように,多くの方が加害者側,被害者側で関わりを持つことが予想されます。このような事態を考えると,保険制度(第三者賠償保険など,但し適用されるかは色々問題あり。)や,公的な支援・援助,事故救済制度などで補うことを検討することが重要です。

    認知症の方が事故を起こしたときの責任の所在や賠償の問題は,認知症の人にやさしいまちづくりを考えるほんの一つの要素ですが,その他行政をはじめ多くの方が知恵を出し合って,今後「やさしいまちづくり」を考えていかねばなりません。

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