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特別寄稿 裁判員と量刑(1)

H21.9.14 丸田 隆

日本で最初の裁判員制度が8月3日東京地裁で始まった。評価はいろいろであろうが,とにかく新しい刑事裁判のスタイルが日本で導入された。英国の経済誌,The Economistは,その8月9日号で日本の裁判員裁判を取り上げ,「日本人がこのような公的役割に参加すればするほどこの国は良くなり,またこの制度はアジア諸国にも影響を与えるだろう」と積極的な評価をしている。

思えば,戦前,1928年10月1日に日本で最初の刑事陪審裁判が始まったとき(カレンダーの10月1日の「法の日」は日本で最初の陪審裁判を記念したもの。),全国で花火が打ち上げられ,東京地裁に天皇が訪問し,全国的な祝福が行われた。あれから80年たったわけである。

新しい裁判員制度では市民も量刑を行う。これは戦前の刑事陪審とは大きく異なることだ。しかも,大きな問題を孕む。これまでに行われてきた裁判員裁判を見てもわかるように多くの対象事件は,事件の有罪無罪を争わない事案,つまり自白事件である。自白事件では自動的に量刑が問題となる。日本の刑事事件では,90パーセント以上が自白事件である。したがって,畢竟,日本では刑事弁護活動は,量刑のための弁護となる。裁判員もその手続きに参加するわけだ。検察が論告求刑し,弁護側が寛大な刑を求める。最近の刑事訴訟法の改正でこれに,被害者参加が希望する量刑を述べることが認められ,この過程をより複雑なものにした。

言うまでもないが,刑罰の決定は,被告人の生命,自由,財産に対するきわめて大きな国家権力の発動である。そうであるがゆえに,アメリカの多数の州では,これは裁判官の決定事項とし,有罪答弁のあった事件(自白事件で事実関係を認めた事案)や有罪評決の出た事件では,約一月後に,量刑のために聴聞(ヒアリング)を行う。法廷には,ソーシャルワーカー,カウンセラー,心理判定士,保護司,拘置所の職員など被告人に専門的に向き合う人たちだけでなく,被害者やその家族,被告人の家族が証言し,被告人の量刑をどのようにするか,様々な観点から意見やその根拠を述べる。刑罰はきわめて重大な権力作用だから,その決定過程に「法の適正手続き保障」を徹底するのである。(私が研修を受けていたマサチューセッツ州地裁のポール・チャーノフ裁判官は,いつも,『量刑は難しい,どの量刑決定にも満足したことはない,しかし,裁判官の一番大事な使命だから全身全霊をかけてしている』と言っていた。)

とくに有罪無罪を争っている否認事件では,弁護人に二重の負担をかける。弁護人は,一方で被告人の無罪を主張,立証しながら,他方で被告人が有罪になったときの情状の弁護もしなくてはならない。検察と全面対決し,起訴事実をかたくなに否認すると,反省がないということで,有罪時の量刑に不利益となる。
アメリカでは,これを二段階方式(two stage system)で克服する。つまり,否認事件は,有罪無罪のみを争い,事実認定者である陪審は起訴事実の合理的な立証があったかどうかだけに集中できる。有罪であれば,先ほど述べた量刑のための手続きに進むわけである。

日本の裁判員裁判については,まだまだ検討されるべき課題は多い。3年後の見直しに向けて,これから問題点を提起していきたい。

(つづく)

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