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返船遅延の場合の傭船者の責任

H22.12.1 田中 庸介
  • 定期傭船契約は,一定の期間,船主が傭船者に対して,船舶の使用を許容する契約ですから,一定の期限がくれば,傭船者は,船主に対して,これを返還する義務を負います。
    しかしながら,船舶の運航においては,海上の気候状況,港の混雑状況など,不測の事態が起こりえますから,返船が期限を徒過する場合は少なくなく,その場合,傭船者はいかなる損害を船主に対して賠償するべきか,が問題となります。

  • 英国においては,古くから,上記のような場合,傭船者は,返船期限から実際に返船を行った日(「overlapした期間」と表現されます。)の限度について,その時点での市場レートと約定レートの差額を,船主に賠償すべきである,とするルールが確立されてきました。
    これは,返船期限までに返船を受ければ,船主は,その時点での市場レートでの利益を獲得しえたであろうことと,また,返船が少々遅れたとしても,船主は,市場で次の契約の締結を行うことは容易であろうこと,さらには,上記のとおり,航海においては,契約当事者に帰責事由のない事態によって遅延が生じうるものであることなどが考慮された結果といえます。

  • さらに,定期傭船契約も,私法上の契約であることに変わりありませんから,英国法においても,契約法一般の原則が適用されます。
    興味深いことに,英国法上の契約違反に基づく損害賠償責任の範囲は,日本法上のそれ(民法416条)とほぼ同様のルールによって,決定されてきました(Hadley v Baxendale事件((1854) 9 Exch 341))。
    すなわち,契約違反から通常生じるべき損害を原則としつつ,当該事例に特別な事情から生じた損害については,債務者がこれを予見しえたと言える場合にのみ,責任に含まれる,とする考え方です。
    英国法においては,返船遅延の場合の損害は,上記の「差額」が,通常生じる損害,ないしは,予見可能な損害として,認められてきたものといえます。

  • しかしながら,近時,上記の原則を少し修正するかのような判決が,英国貴族院において下されました((Achilleas号事件([2008] 2 Lloyd’s Rep. 275)))。
    これは,定期傭船者による返船遅延により,その次の定期傭船契約において,傭船料を値下げさせられた者が,当該定期傭船者に対して,それが予定していた約定レートと,値下げさせられた約定レートとの差額を,予定していた傭船期間全ての期間にわたって算出した金額を損害として,船主が傭者を訴求したケースです。
    本件では,調停,第一審,及び,第二審を通じて,上記の船主の請求が認められたため,実務上,大きな関心を呼びました。「市場レートと約定レートの差額」を超える大きな賠償額を認めるものですから,従来のルールに変更があった,との評論も存在しました。

  • しかしながら,貴族院においては,逆に,これらの判断が覆され,従来どおり,上記の「差額」をoverlapした期間分だけ算出した額が損害である,と結論づけました。
    この貴族院判決は,上記のHadley v Baxendale事件判決におけるルールを維持するものと評価されています(SYLVIA号事件判決([2010] 2 Lloyd’s Rep. 81))。

  • 損害賠償責任の範囲が近似している点も含めて,英国判決においては,我が国での実務においても,大いに参考になる判示が含まれていますので,注意を怠らないことが肝要と思われます。

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