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取引的不法行為と会社の責任
会社の営業マンが社用車で外回りの最中に交通事故を起こした場合など、会社の従業員が会社の事業執行中に不法行為を行った場合に、会社が民法715条により不法行為に基づく損害賠償責任(使用者責任)を負うことは、良くご存じのことと思います。
この使用者責任については、従業員などの被用者が会社などの使用者の「事業の執行について」第三者に損害を加えたことが必要であると規定されているのですが、この「事業の執行について」の解釈について、不法行為がなされた状況により、先の交通事故などのように会社の取引との関連のない事実的不法行為と、従業員が取引先から詐欺行為を行った場合などのように会社の取引に関連してなされた取引的不法行為とに分けて議論されることが一般的です。
そして、一般的に従業員には資力が乏しく、資力の有る会社に対して損害賠償請求できた方が被害者の保護を図ることができることから、裁判上、事実的不法行為、取引的不法行為の何れについても「事業の執行について」の要件が広く解釈されてきました。被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合も「事業の執行について」に含まれると言う、いわゆる「外形標準説」という立場が採用されてきました。
事実的不法行為の事案ですが、広域暴力団Aの下部組織に属する組員が対立する広域暴力団Bの下部組織に属する組員と抗争を起こし、対立する暴力団の組員と間違ってCをけん銃で発砲して死亡させた事案で、A組の下部組織における対立抗争においてその構成員がした殺傷行為がA組の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業の執行と密接に関連する行為であるとして、系列最上位の広域暴力団Aの組長に対する使用者責任が認められています(最判平成16年11月12日)。
しかし、最近の最高裁の判例では、取引的不法行為の事案で「事業の執行について」の要件を検討し、これを否定したものがあります(最判平成22年3月30日)。
事案は、貸金業を営むY社の従業員AがXに対し、真実はAが横領したY社の金員の穴埋めのためであるのに、Y社の貸金の原資の調達であるとだまして、Xから金3,100万円を支出させたというものです。原審は、Y社は貸金業を営んでおり貸金の原資を調達することは客観的、外形的に見てY社の被用者の職務に含まれるなどとして、Y社の使用者責任を認めました。
これに対し、最高裁は、Y社は貸金業を営む株式会社であり、Aを含む複数の被用者にその職務を分掌させていたので、Aの行為が事業の執行についてなされたものであると言えるためには、貸金の原資の調達が使用者であるY社の事業の範囲に属するというだけでなく、これが客観的、外形的にみて、被用者であるAが担当する職務の範囲に属するものでなければならないとし、Aが担当する職務の内容、Y社の資金調達に関するAの職務権限、当該職務と本件欺罔行為との関連性などの主張立証がない本件では貸金の原資の調達が客観的、外形的にみてAの担当する職務の範囲に属するとみる余地はないとして、Y社の使用者責任を否定しました。
この最高裁の判決については、従来から、裁判所は「事業の執行について」の要件の解釈について、(1)使用者の事業の範囲に属するか否か、(2)被用者の職務の範囲に属するか否かの二段階に分けて検討する必要があるという学説における通説と同様の判断をしているのではないかと考えられていたところ、これを正面から判示したものとの評価がなされています。
このように取引的不法行為においては、従業員が行った不法行為が第三者から見て、当該従業員の分掌する職務の範囲に含まれると考えても不自然ではないかどうかということが問題となります。従って、会社としては、職務分掌を明確に定めるだけではなく、職務分掌を越えた職務がなされないよう、特に出資、借入などによる資金調達に関する権限を厳格にするように管理しておくことが重要となるでしょう。
今一度、皆様の会社でも職務分掌とその現実の運用について見直してみて下さい。