デパ地下の法律関係
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今、日本に必要なのは「元気!」ですが、最近一番の「元気!」は、デパート地下階の食料品売り場です。いつも色とりどりのお惣菜やスイーツで熱気ムンムン、まるで別世界という感じです。ということで、日頃はあまりなじみのないデパ地下の法律関係についてのお話です。
デパ地下で営業しようとする業者さんは、デパート(建物の所有者)と契約を結んで、営業する区画と販売する商品の種類を決めます。もちろんタダで区画を借りるというのではなくて、業者さんの売上から一定額をデパート側に支払います。その金額は、月々固定額のこともありますし、売上に応じた変動額のこともあります。さらに、商品の販売の際にはデパート側の共通のレジを通してもらうことにして、デパート側で月々の売上からテナント料を差し引いて業者さんに精算するというような場合もあります。
営業にあたって、一定の対価を支払ってデパ地下の区画を使用しているという外形だけを見ますと、借地借家法を適用するのが素直に思われます。ご承知のとおり、借地借家法の適用を受ける建物賃貸借ということになりますと、家主さんとしては、契約期間が満了しても原則として契約更新がなされますし(26条)、更新を拒絶したり、中途で契約を解消するためには立退料を支払う必要が生ずる(28条)などの重大な制約を受けることになります。
これに対して、デパート側としては、何もスペースを賃貸しているというわけではなくて、協力テナントとして共存共栄の業務委託契約を締結しているのだという認識が強く、実際にも業者さんと不仲になってデパ地下からの退去を求めた場合に、業者さんからは以上のような借地借家法の適用の主張がなされ、トラブルになることも多いようです。
この問題は、旧借家法の時代からも種々の学説・判例があったところで、事例としましては、業者さんが使用しているスペースについての占有の強度やデパート側への営業の従属性などの観点から、色々な分類があります。デパ地下の事例に限定しますと、おおむね次の4つに分類されます。
契約の類型 | 業者の占有の強度 | 営業の従属性 | 借地借家法の適用 |
---|---|---|---|
(1)販売の委託 | ☆ | ☆☆☆☆ | 適用なし |
(2)ボックス貸し・ケース貸し | ☆☆ | ☆☆☆ | (類推)適用・小 |
(3)各種出店契約 | ☆☆☆ | ☆☆ | (類推)適用・中 |
(4)名店街・のれん街等 | ☆☆☆☆ | ☆ | (類推)適用・大 |
(1)の「販売の委託」というのは、衣類や化粧品の売り場でよく見かける宣伝・販売促進員(マネキン)に近く、デパートの商品を販売する業者さんで、スペースの賃借りというよりも、デパートとの間で労働契約や請負契約を締結している事例も多いようです。
(2)の「ボックス貸し・ケース貸し」というのは、販売する商品は業者側で仕入れるものの、販売に必要な設備・装飾等はデパート側で準備するというもので、借家契約の要素はゼロではありませんが、かなり小さいものです。また、(1)ほどではありませんが、売り場のレイアウトや品揃え、価格設定などについても、デパート側の意向に従うべき度合いが強くなっています。
(3)の「各種出店契約」というのは、おそらくデパ地下の店舗の中で一番多い形態ではないかと思いますが、営業時間、取扱い品目、包装紙、レシート名義、店員の制服、レジ管理などについて一定の取り決めはあるものの、基本的には業者側の営業の自由度が高い場合です。次の(4)との違いは、スペース区画ごとの障壁がなかったり、デパート側の都合で区画を変更・移動される可能性があるという点などです。
(4)の「名店街・のれん街」というのは、通常の借家契約に近く、営業時間や電気・空調などに制約はあるものの、業者側にある程度広い区画についての定着的・固定的な占有が認められる場合です。食品衛生法上の許可なども業者側で受けているのが一般的で、デパートに敷金や保証金を差し入れている場合もあります。
このうち、(1)から(4)になるに従って、借地借家法の適用または類推適用の度合いが大きくなります。その結果、デパート側では、気に入らない業者さんがいても、現実問題としては、なかなか契約を終了させることが難しいということになります。この判断は、デパ地下スペースについての業者側の実際の利用状況によって客観的に判断されますので、契約書に「この契約については借地借家法は適用しない」と記載していても、あまり意味はありません。
なお、仮に(2)や(3)の事例において、デパートと業者さんとの契約について借地借家法の適用がないとされた場合であっても、必ずしもデパート側で自由に契約を解消できるというわけではないことに注意が必要です。
例えば、業務委託契約のような継続的な取引関係については、契約期間が満了したり、形式的に契約解消事由が生じたとしても、一方的な契約の破棄は許されず、周辺的・背景的な事情に照らしてやむを得ないと認められる合理的な事情がなければ契約を終了できないとするのが判例です。その結果、デパート側の都合で契約を終了させようと思ったら、借地借家法の適用を受ける場合と同じように、立退料的な金銭の支払などの手続が必要となる場合もあります。
以上のような法律関係は、何もデパ地下だけでなくて、スーパーのレジ横の花屋さんとか、駅構内のシュークリーム屋さんとか、ホームセンター内のアイスクリーム屋さんとか、色々な場所で見かけます。日常の身近なところにも、結構ややこしい法律論が転がっていることをお分かりいただければと思います。