相続放棄申述受理についての誤解
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- 法律相談を受けていて、依頼者の方がよく誤解をしておられる法律上の制度として、相続放棄、特に相続放棄の申述受理があげられます。今回は、相続放棄の申述を家庭裁判所が受理したということが、どのような状態をさすのかを説明したいと思います。
- 金融機関の方のみならず、事業会社の方であっても、債務者や保証人から貸付金や売掛金の回収をされるかと思いますが、その際、債務者や保証人が死亡し、その相続人が相続放棄をしたという事例にあたられたことがあるかと存じます。このような場合、相続人は、債権者からの請求に対し、「相続放棄申述受理通知書」や「相続放棄申述受理証明書」を提示し、相続放棄をしたことを主張して、その支払いを拒むことになります。
- かかる通知書や証明書には、相続放棄の申述が受理された旨の記載があるうえ、家庭裁判所が作成しており、かつ、裁判所書記官の印鑑も押印してあるため、特に本コラムに記載しているような法的知識がなければ、債権者としては、その相続人の相続放棄を認め、それ以上の請求をなさないことが多いと思います。しかし、実は、この相続放棄の申述受理については、訴訟上その効力を争うことができます。相続放棄の申述が受理されたが、その後裁判(訴訟)になり、裁判の結果、相続放棄の効力が認められず、貸付金等の返還が認められるというようなケースは、実際、多数存在しております(大阪高裁平成21年1月23日・判例タイムズ1309号251頁他)。
- 相続放棄については、相続人は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に家庭裁判所に相続放棄の申述をしなければならず、この熟慮期間内に相続放棄の申述をしなければ、単純承認したものとみなされてしまう、つまり、相続放棄ができないこととなってしまうとされています(民法915条1項本文、921条2号)。しかし、かかる熟慮期間については、その例外を認める最高裁判例昭和59年4月27日・判例時報が存在しているため(この最高裁判例についても、激しい争いがありますが、長くなりますので、割愛いたします。)、家庭裁判所においては、死亡後3か月を経過した相続放棄であっても、一応の審理をし、3か月以内に相続放棄の申述をしなかったことについて相当の理由がないと明らかに判断できる場合にだけ申述を却下し、それ以外の場合は、申述を受理する実務が定着しているとされています(久保豊「相続放棄の熟慮期間の起算日について」家月45巻7号1頁他)。
つまり、極論すれば、相続放棄について、家庭裁判所は、「一応それらしければ受理するので、もし文句があるなら、裁判(訴訟)で決着をつけてね」という立場だということになります(なお、家庭裁判所がこのように相続放棄の実務を運用している理由としては、「相続人は、相続放棄の申述が受理されない限り、裁判(訴訟)上相続放棄の事実を主張できず、他方債権者は申述受理に既判力がないため訴訟上その効力を争うことができる」という点があげられる、とされております。)。
- 前記のとおり、「相続放棄申述受理通知書」や「相続放棄申述受理証明書」は、外見上、争い難い体裁ですので、本コラムにて記載した知識がなければ、これらの書面を見た時点で、債権の回収を断念することになりかねません。例えば、債務者死亡後相当長期間経過してから相続放棄の申述が受理された事例で、「相続人が、債務者死亡時に、債務者に多額の負債があることをよく知っていた」という事実を債権者が把握しているような場合には、裁判(訴訟)で、相続放棄の効力を争うこともできるということです。
以上のとおりですので、厳めしい「相続放棄申述受理通知書」や「相続放棄申述受理証明書」に怯むことなく、相続放棄の主張がなされた場合であっても、相続放棄の有効性についての検討をされることをおすすめいたします。