安全港指定義務と不可抗力
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本年8月12日、海運集会所主催の神戸でのセミナーにて、「海事法における不可抗力」というタイトルで、講演をする機会を得ました。その中で、定期傭船契約上の問題点について種々、検討してみたのですが、本コラムでは、定期傭船契約上、傭船者が負う「安全港指定義務」との関連で、もう少し、整理を試みたいと思います。
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定期傭船契約においては、一般に、傭船者は、船主に対して、安全港に船を仕向けさせるよう指示すべき義務を負っているとされます。広く用いられているNYPE Formにおいても、Line 20において「…where she may safely lie, always afloat, …」と規定され、また、Line 30においても「…excluding … all unsafe ports…」と規定されていることをもって、上記義務は、明示的な義務とされています。
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さらに、この安全港指定義務は、英国法上、「Eastern City」号事件([1958] 2 Lloyd’s Rep 127) にて判示された次の内容を持つものと理解されています。
すなわち、『問題となる当該期間の間に、当該船舶が、異常事態が発生せず、かつ、不可避な危険にさらされることなく、その特定の船舶が、港にたどり着き、港を利用し、かつ、その港から出港することができれば、その港は安全である。』とされます。
以上の定義からすれば、異常事態(abnormal occurrence)により、または、不可避な危険(unavoidable danger)により、当該港が危険となったとしても、それは非安全港とはならないといえます。
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また、傭船者が指定すべき港がいつの時点で安全でなければならないか、という問題については、当該船舶が当該港に到着した時点での安全性ではなく、傭船者が当該港を指示する時点で、合理的にみて、安全であること、つまり、将来的な安全性(prospective safety)を意味するものとされています。
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以上の英国法上の議論からすれば、今回の東日本大震災により、船舶が津波等の被害を受けたとしても、今回の未曾有の震災は、「異常事態」もしくは「不可避な危険」といえるでしょうし、また、震災の影響を受けた港を傭船者が指示した時点においては震災を予期し得なかったといえるでしょうから、震災で船体等に受けた損害を、船主が傭船者に対して、安全港指定義務違反を根拠に、損害賠償請求をすることは、困難と思われます。
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さらに、日本法の観点からも、傭船者の指示と船体への損害との間に、震災という大きな影響力を持つ事象が介在する場合には、指示と損害との間には相当因果関係が認められないといえるものと思われます。
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従って、本件において、地震の最中に東北沿岸の港において損傷を受けた船舶の船主が、傭船者に対して、安全港指定義務違反に基づいて損害賠償請求をなすことは、英国法上も、日本法上も、共に、困難であると考えます。
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しかしながら、英国法上は、傭船者は、一度指示した港がその後非安全港となった場合には、新たな港を指示する(fresh order)義務を負うこと、さらには、短期間の遅延によっては、傭船契約の失効は認められず、従って、傭船料の支払義務もまた、直ちに失効する(Off Hire)わけではないことに、注意が必要でしょう。これらのルールに基づき、未曾有の事態について、契約当事者間での公平な損失の分担が図られるべきものと考えます。