自賠責保険における高次脳機能障害の認定について
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- 交通事故による被害者の後遺障害に「高次脳機能障害」という障害があります。
この障害は、自動車事故により脳が損傷され、一定期間以上、意識が障害された場合に発生し、その症状として、認知障害(新しいことを覚えられない、気が散りやすい、行動を計画して実行することができないなど)、行動障害(周囲の状況に合わせた適切な行動ができない、複数のことを同時に処理できない、職場や社会のマナーやルールを守れないなど)、人格変化(受傷前には見られなかったような、自発性の低下、衝動性、易怒性など)を典型とするものとされています。
- 自賠責保険では、損害保険料率算出機構において、平成13年から高次脳機能障害についての後遺障害認定を実施しています。
損害保険料率算出機構では、高次脳機能障害が見過ごされ易い障害であるとの観点から、脳外傷による高次脳機能障害に該当する可能性のある事案については、他の後遺障害とは別枠で、各分野の専門家によって構成される高次脳機能障害審査会において審査しています。
- ところで、高次脳機能障害は、脳の損傷、脳の器質的病変に基づくものであることから、MRIやCT等においてその存在が認められることが認定の前提とされてきました。
しかしながら、頭部外傷が比較的軽度な場合において、高次脳機能障害の症状として典型的な症状である認知障害、行動障害、人格変化の全部または一部が現れているけれども、MRIやCT等の画像には脳の損傷等の存在が認められないという事例が見られます。
このような症状は、軽症頭部外傷(MTBI)と呼ばれているのですが、MRIやCT等において脳の損傷等の存在が認められず自賠責保険で後遺障害の認定を受けられないことが多いことから、裁判でもシビアな争いとなり、被害者の会も立ち上げられてきました。
また、この点に関し、世界保健機構(WHO)が、MTBIの診断基準を公表するに至ったことから、必ずしもMRIやCT等において脳の損傷等の存在が認められなくても、高次脳機能障害に該当する場合があるのではないかということが争われるようになってきました。
- そして、このたび、損害保険料率算出機構は、国土交通省からの依頼に基づき「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」を設置し、平成23年3月4日に、報告書を公表しました。
報告書では、まず、「軽症頭部外傷後に1年以上回復せず遷延する症状については、それがWHOの診断基準を満たすMTBIとされる場合であっても、それのみで高次脳機能障害であると評価することは適切ではない」との見解が示されました。
この意味は、自賠責保険における高次脳機能障害は、脳が損傷されたことによる障害であって、MRIやCT等の画像に脳損傷等に存在が認められる必要があるということで、WHOのMTBIの診断基準とは別に判断しましょうということです。
また、画像上の根拠との関係では、DTIやPETなど新しい画像診断における検査所見で異常が認められる場合に画像上脳の損傷または脳の器質的変化が認められたと考えて良いのではないかとの議論があるのですが、この点に関しては「現時点では技術的限界から、微細な組織損傷を発見しうる画像資料等はないことから、仮にDTIやPETなどの検査所見で正常値からのへだたりが検出されたとしても、その所見のみでは、被害者の訴える症状の原因が脳損傷にあると判断することはできない」とし、MRIやCT等に現れる脳の損傷や脳の器質的変化とは別異に考えるべきであるとしました。
このように自賠責保険では、従来通り、MRIやCT等の画像に脳損傷等に存在が認められる必要があるとの前提をとったのですが、最後に、留保をつけました。すなわち、「ただし、軽症頭部外傷後に脳の器質的損傷が発生する可能性を完全に否定することまではできないと考える。従って、このような事案における高次脳機能障害の判断は、症状の経過、検査所見等も併せ慎重に検討されるべきである」としました。しかしながら、どのような症状の経過をたどれば、また、どのような検査所見であれば、高次脳機能障害と判断されるのかは明確ではありません。
当然、これは、今後の自賠責保険での認定事例や裁判例等の集積によって明らかになって行くことが期待されているところであり、実務家として注目していきたいと考えています。