労働組合法上の労働者性についての判例紹介
執筆者
- はじめに
昨年4月12日、最高裁は、業務委託者が労働組合を結成し使用者に対して団体交渉を求めたにもかかわらず使用者がこれを拒否した場合に、労働組合法(以下「労組法」といいます)7条が規定する不当労働行為(具体的には、同条2号のいわゆる団交拒否)に該当するかどうかが争われた2つの事件(新国立劇場事件、INAXメンテナンス事件)で、いずれも当該業務委託者は労組法上の労働者に該当するとの判決を下しました。
労組法2条は「労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体またはその連合体」を労働組合と規定し、同法3条は労組法上の労働者について「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者をいう」と規定しています。
そのため、当該業務委託者が労組法上の「労働者」に該当しないのであれば、当該業務委託者が結成した労働組合は労組法上の労働組合とは言えないことになるので、団体交渉の申入れを拒否しても労組法が禁止する不当労働行為に該当しないことになります。
上記2つの事件では地方労働委員会または中央労働委員会は労働者性を肯定したのですが、原審である高等裁判所は労働者性を否定していました。このように労働委員会と下級審裁判所とで判断が異なる事案について、最高裁が労働者性を肯定する判断を示しましたので、実務上参考になると思い判例を紹介することと致しました。
- 新国立劇場事件
(1) 事案の概要
新国立劇場を管理運営するX財団では、X財団が主催するオペラ公演に出演する合唱団のメンバーを選抜し、原則として1年間のシーズンの全ての公演に出演可能である者を契約メンバーとして同人との間で出演基本契約を締結したうえ、各公演ごとに個別公演出演契約を締結して公演に出演させていた。Aは平成11年から平成14年までの4シーズンにわたって契約メンバーとしてX財団と契約しX財団が主催するオペラ公演に出演していたが、平成15年のシーズンのための契約メンバーの選抜で不合格となった。そこでAが加入しているY労働組合がX財団に対してAの平成15年シーズンの契約に関して団体交渉の申入れをしたところ、X財団は、Aとは雇用関係にないとの理由で団体交渉の申入れを拒否した。
(2) 判決の要旨
- ア 契約メンバーは、X財団が主催するオペラ公演の実施に不可欠な歌唱労働力としてX財団の組織に組み入れられていたと言える。
- イ 出演基本契約には個別公演出演契約の締結を義務付ける旨の条項はなく、出演を辞退したことを理由に不利益な取扱いを受けることもなかったが、各当事者の認識や契約の実際の運用では、契約メンバーは基本的にX財団からの個別公演出演の申込に応ずべき関係にあったと見られる。
- ウ 出演基本契約の内容や年間シーズンの公演件数、演目、公演日程、上演回数、稽古日程などの契約メンバーの労務の提供内容は、X財団が一方的に決定しており、契約メンバーに交渉の余地はなかった。
- エ 契約メンバーは、X財団が指定する日時、場所において、X財団が指定する演目に応じて歌唱技能を提供し、かつ、歌唱技能の提供方法や歌唱内容についてX財団が選定した指揮者等の指揮を受け、稽古の参加についてもX財団の監督を受けていたと言えることから、契約メンバーは、X財団の指揮監督の下において歌唱の労務を提供していたと言える。
- オ 契約メンバーの報酬は、公演、稽古の参加に対し予め決められた単価と計算方法で算出され、予定された時間を超えて稽古に参加した場合には超過手当が支給されており、労務の対価であると言える。
- カ 以上の諸事情を考慮すれば、契約メンバーであるAは、X財団との関係において労組法上の労働者にあたると解するのが相当である。
- INAXメンテナンス事件
(1) 事案の概要
X社は、親会社であるI社が製造した住宅設備機器の修理補修を主たる事業とする株式会社である。X社には従業員約200名がいるが、修理補修業務の大部分は約590名いるCE(カスタマーエンジニア)によって行われていた。Z1組合、その下部組織であるZ2組合、Z1組合およびZ2組合の下部組織であるCEによって組織されたA分会は、連名で、CEがZ1組合に加入したことを通知すると共に、組合員の労働条件の変更等にはZ1組合らと事前に協議し合意の上で実施することなどを内容とする労働協約を締結することを求め、団体交渉の申入れをしたところ、X社は、CEは独立した個人事業主であり、労組法上の労働者ではないとの理由で団体交渉の申入れを拒否した。
(2) 判決の要旨
- ア X社の従業員のうち修理補修業務を現実に行う可能性がある者はごく一部でありX社は主としてCEを全国の担当地域に配置を割り振って日常的な修理補修業務を対応させていたこと、X社は各CEと調整して業務日および休日を指定し日曜日および祝日についても各CEが交替で業務を担当するよう要請していたことから、CEはX社の業務に不可欠な労働力としてその恒常的な確保のためにX社の組織に組み入れられていたとみるのが相当である。
- イ CEとX社との業務委託契約の内容は、X社の定めた定型的な覚書に規律され、CE側で変更する余地はなかったことから、X社がCEとの契約内容を一方的に決定していたと言える。
- ウ CEの報酬は、CEが個別の修理補修を行った場合に、X社が予め定めた基準に基づき、時間外手当等に相当する金額を加算する方法で支払われており、労務の提供の対価としての性質を有するものと言える。
- エ 個別修理補修業務の委託に際しCEが承諾を拒否しても債務不履行責任等を追及されることはなかったとしても、各当事者の認識や契約の実際の運用においては、CEは、基本的にX社による個別の修理補修等の依頼に応ずべき関係にあったとみるのが相当である。
- オ CEは、X社が指定した担当地域内でX社からの依頼にかかる顧客先で修理補修業務を行っていたこと、原則として業務日の午前8時30分から午後7時までX社からの発注連絡を受けることになっていたこと、I社の子会社による作業であることを示すために作業ではX社の制服を着用し名刺を携行していたこと、業務終了時には所定の様式のサービス報告書をX社に報告するものとされていたこと、I社のブランドイメージを損なわないよう全国的な技術水準の確保のためCEはX社から修理補修の作業手順、CEとしての心構えや役割、接客態度などが記載されたマニュアルが配布されマニュアルに基づく業務遂行が求められていたことなどから、CEはX社の指揮監督の下に労務の提供を行っており、その業務について場所的時間的に一定の拘束を受けていたということができる。
- カ 以上の諸事情を総合考慮すれば、CEは、X社との関係において労組法上の労働者にあたると解するのが相当である。
- 最高裁判決の評価
これまで、雇用者の労働者性を考える上で、労働基準法上の労働者性が基本とされてきました。すなわち、労働基準法では使用者との間の使用従属関係が重視され、使用者と雇用者との間にこのような使用従属関係があるかどうか、具体的には、指揮監督関係、場所的時間的拘束性、業務の依頼に対する諾否の自由の欠如、報酬の労務対価性によって、労働者に該当するかどうかが判断されてきたのです。そして、今回の2つの事件の原審裁判所でもこのような判断基準により、また、具体的な認定にあたっては使用者と雇用者との業務委託契約の条項を重視して、労働者に該当しないとの判断がなされたと言えます。
しかしながら、最高裁は、上記に加え、事業組織への組入れ、契約内容の一方的決定という要素を考慮に入れ、また、法的義務の有無ではなく実態に照らして労組法上の労働者かどうかを判断し、雇用契約関係のない業務委託者を労組法上の労働者に該当すると判断しました。
最高裁の判決は、個別の事例判決ではありますが、今後は、労組法上の労働者に該当するかどうかの判断枠組みとして採用されると考えられます。従って、会社としては、単に構成員が従業員ではないからという理由だけで労働組合からの団体交渉を拒否することができず、最高裁が示した判断枠組みに従った検討が必要となりますので、注意が必要です。