減給処分の限度
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顧問先の皆様にとって、こんなテーマは縁が無い、と思われる方が良いことは言うまでもありませんが、従業員の服務規律違反等が発生したが懲戒処分をどうしよう、というご相談をいただくことがあります。そこで、今回は、懲戒処分の中でも、誤解されている場合があるかもしれない「減給処分の限度」についてご説明したいと思います。
企業の就業規則においては、懲戒処分としての減給処分について「(1)1回の額が平均賃金の1日分の半額、(2)総額が一賃金支払期における賃金総額の1割」を限度にしているケースが多いと思いますが(一度ご確認いただくことをお勧めします。)、この限度は、労働基準法第91条において、上記(1)(2)を超える減給が禁止されていることに基づいています。
そして、上記(1)(2)の意義や両者の関係については、行政通達(かなり古い通達ですが)により、(1)については「1回の事案に対しては、減給の総額が平均賃金の1日分の半額以内でなければならないこと」、(2)については「一賃金支払期に発生した数事案に対する減給の総額が、当該賃金支払期における賃金の総額の10分の1以内でなければならないこと」をそれぞれ意味するとされています(昭和23年9月20日 基収第1789号)。
すなわち、平均賃金を1万円(月額30万円)と仮定した場合、上記(1)については、1回の違反行為に対して減給処分を科する場合には、当該違反行為がどれだけ重大なものであったとしても、減給額は5,000円以内(1万円×0.5)でなければならないということであり、言いかえれば、1つの違反行為に対して1日分の半額以内の制裁を何回かに分けること(5,000円の減給を3か月間継続すること)は労働基準法上禁止されているということになります。また、例えば10回の違反行為があった場合、上記(1)により5万円(1万円×0.5×10回)の減給が可能ですが、上記(2)により、3万円(30万円×0.1)を超える部分(2万円)は、次期の賃金支払期に延ばさなければならないことになります。
もしかすると、「減給処分とはその程度のものなのか」と意外に思われるかもしれませんが、減給処分が、従業員が現実に行った労務提供に対応して受けるべき賃金を差し引くということを意味し、従業員の生活を脅かし過酷な結果になる危険性を孕むものであると考えれば、労働基準法が上記のような制限をしていることをご理解いただけると思います(このような観点から、労働基準法第91条の制限を超える制裁規程を定めることは、仮に労働協約によりなされた場合でも、強行法規に抵触し無効であるという裁判例もありますので十分にご注意ください。)。
しかし、上記の各限度を超える賃金の減額を伴う懲戒処分が全くできないのかというと、そういう訳ではありません。
すなわち、「減給処分」そのものではなくとも、「出勤停止処分」や「降格処分」に処する場合、これらの処分に伴う賃金の不支給や低下(出勤停止であればその日数分の賃金の不支給、降格であれば職務等級などの格下げに伴う賃金の低下)については、それぞれの処分の当然の結果であって、労働基準法第91条の制限は受けないとされています。したがって、これらの処分を科することにより、実質的に賃金の減額を行うことができることになります(ただし、これらの処分は「減給」より重い処分とされていますので、処分にあたっては慎重に検討されることが必要となることは言うまでもありません。)。
上記のような個別的な取扱の問題のほか、懲戒処分については、不遡及の原則や一事不再理の原則、平等扱いの原則、相当性の原則(労働契約法第15条)等、様々な観点から検討を要すべき場合があります。懲戒処分についてご疑問・ご不明の点がありましたら、いつでもご相談いただければと思います。