動産売買先取特権に基づく動産競売
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- 動産売買先取特権に基づく動産競売とは
「動産売買先取特権に基づく動産競売」、あまり耳慣れない言葉だと思います。以下、順を追って説明していきます。
まず、動産売買先取特権とは、売主が買主に対して或る商品を売った場合、その売買代金および利息について、その商品から他の債権者に優先して弁済を受けられる特別の法定担保物権(民法311条6項、322条)とされております。
通常、債権回収手段としてよく使用されるのは、動産売買先取特権に基づく物上代位による差押であろうかと思います(例えば、売主Aが買主Bに対し商品甲を売却し、さらに、買主Bが転買主Cに商品甲を転売した場合、Aは、動産売買先取特権に基づく物上代位により、BがCに対して有する債権を差し押さえることができます。)。
これに対し、AがBに商品甲を売却したが、Bが所有する倉庫に搬入されたまま転売されていない間にBが例えば自己破産の申立を行った場合に、Bが所有する倉庫にある商品甲を差し押さえ、競売にかけたうえで競売代金からAのBに対する売買代金を回収するというが、動産売買先取特権に基づく動産競売による回収です。
- 民事執行法の改正
民事執行法改正前(現行法は、平成16年4月1日施行)は、動産売買先取特権に基づく動産競売を実行するためには、目的動産の提出または差押承諾文書の提出が必要とされていました(旧民事執行法190条)。すなわち、債権者が、目的動産を執行官に提出するか、目的動産の占有者が差押えを承諾することを証する書面を執行官に提出したときに限り、競売手続を開始することができるとされておりました 。
しかし、動産売買先取特権のように債権者が目的物を占有していない場合には、自ら目的動産を執行官に提出することはできず、また、債務者から前記のような差押承諾文書を得ることも事実上不可能ですので、動産売買先取特権に基づく動産競売のハードルは、相当高いものとなっておりました。
そこで、債権者が、動産売買の先取特権を有することを証明する文書(売買契約書、注文書、見積書、請求書、納品書、受領書など)を執行裁判所に提出し、執行裁判所が許可すれば、執行裁判所の前記許可に基づき執行官が目的動産を差し押さえることにより動産競売手続が開始されることとなりました(民事執行法190条1項3号、192条、122条1項)(ただし、例えば、商品甲がB所有の倉庫ではなく、外部の営業倉庫に保管されている場合には、従前同様、当該営業倉庫を運営する倉庫会社から差押承諾文書を取得する必要があります。)。
これにより、債務者の関与なく、動産売買先取特権に基づく動産競売が可能となりました。 - 実際の利用件数
では、動産売買先取特権に基づく動産競売の申立件数が増えたのかというと、文献によれば、大阪地裁の申立件数で見ると、平成16年2件、同17年4件、同18年3件、同19年1件、同20年(11月末まで)7件となっており、あまり積極的に申立がなされていないのが実情です。
これは、(1)所有権留保等ですでに手当てされており、動産売買先取特権に基づく動産競売を申し立てる必要性がない場合が多い、(2)制度自体が周知されていない等の理由も考えられますが、一番の原因は、目的動産の特定が困難であるためではないかとされております。
執行裁判所の許可に基づく動産売買先取特権に基づく動産競売がなされる場合は、執行官には、目的動産を発見するため、債務者の住居等に立ち入り、目的動産を捜索するという強力な権限が付与されているのですが、いわゆる種類物売買(ある銘柄の石けんの売買のように種類を指定してする売買であって、特定物売買と異なり、目的物が種類によって定められ、数量・重量が指定される。)の場合には、複数の動産から目的動産を特定することができないためという点が原因ではないかとされています(例えば、Aが、「東町チョコ」というお菓子を継続的に販売していたとしても、Bの倉庫内にある「東町チョコ」のうち、代金が未回収の分に対応する「東町チョコ」はどれなのかということが特定できなければ、動産売買先取特権に基づく動産競売の申立はできないこととなります。)。
この点、民事執行法の改正を検討した法制審議会担保・執行法制部会では、種類物売買の場合には、目的動産を箱詰めにし、それに特定可能な内容のラベルを貼るなどの対策を講じておくことが望まれると指摘しておりますが、これもあまり現実的ではないのかもしれません。今後、ICタグ等のコストが下がってくれば、当該特定の作業は容易になり、動産売買先取特権に基づく動産競売の申立件数も増加してくるのではないかと思われます。 - 結語
本コラムでは、動産売買先取特権に基づく動産競売をご紹介しましたが、上記のとおり、現行の民事執行法であっても、必ずしも使い勝手がよいとはいえず、債権回収に相当有効な手段であるとはいえないのですが、(1)あまりご存じないであろう制度をご照会するという趣旨とともに、(2)事前の債権回収策を講じていない場合でも、あきらめず、動産売買先取特権に基づく動産競売等を利用して可能な限り回収に努めることが肝要である(特定物売買の場合であれば、十分に有効な債権回収手段となりえます。)ということをお伝えするため、今回取り上げた次第です。
当然、売買契約に所有権留保条項を入れておく、売買代金債権について担保・保証を取っておく等、事前に債権保全策を講じておくことが大切であり、動産売買先取特権に基づく動産競売という方法は、取引先との関係等の理由から事前に何も手を打つことができなかった場合の債権回収策ですので、この点は、ご留意下さい。 - 追記(破産事件における動産売買先取特権の目的物の取扱)なお、破産事件において、動産売買先取特権の目的動産を破産管財人が占有している場合に、かかる目的動産をどのように取り扱うことができるかという点については、(1)破産管財人は、動産の差押がなされるまでは、当該動産の任意売却ができ、任意売却がなされ代金債権が回収されてしまえば、債権者は、対抗手段をとることができないとする説、(2)動産の差押がなされていなくとも、担保権者から目的物を特定して具体的に先取特権が主張立証されたとき以降は、破産管財人は任意売却をするべきではないとする説、(3)任意売却がなされた後であっても、担保権者から目的物を特定して具体的に先取特権が主張立証されたときは、担保権者は、破産管財人に対し、配当要求類似の優先弁済請求をすることができるとする説等があり、破産管財人は慎重に対応すべきとされていますので、この点からも、債権回収策として検討してみる価値はあるのではないかと考えます。