登記留保と倒産法との関係
執筆者
- 登記留保とは金融機関の方などは聞き慣れた言葉かもしれませんが、今回は、「登記留保」と倒産法との関係を述べたいと思います。
登記留保といっても、法令に定義規定があるわけではありません。具体的な例に則していえば、抵当権設定契約を締結するが、実際に登記をすることなく、登記を「留保」することを「登記留保」と呼んでおります。動産・債権譲渡特例法に基づく登記をしない債権譲渡担保契約において、契約は締結するものの、実際に通知・承諾という対抗要件を具備しないで「留保」する場合も、登記留保(正確に言えば、対抗要件具備の留保)の一例とされております(当然、登記型の債権譲渡担保契約を締結しつつ、登記を留保する場合も「登記留保」となります。)。
かかる登記留保がなされる理由としては、登記に要する登録免許税を節約する、登記をすれば対外的に借入等が開示されることから信用不安が生じるのでこれを避ける等、様々な理由があります。
- 登記留保と倒産法との関係しかし、登記留保(対抗要件具備留保)のまま担保権設定者が倒産手続に入った場合には、以下の(1)(2)に述べるように当該担保権の効力が否定されることがありえますので、原則として、登記留保(対抗要件具備留保)は避けるべきであると考えます。
(1) 破産を例にとれば、まず、不動産および船舶に関し、登記権利者が破産手続開始の事実を知らずに登記した場合を除き、破産手続開始前の登記原因に基づき破産手続開始後に登記しても破産債権者に対抗することはできないとされています(破産法第49条第1項。なお、民事再生法第45条第1項、会社更生法第56条第1項も同旨です。※)
※破産法第49条第1項は、明文上、例えば不動産についての抵当権設定契約については、その適用がありますが、債権譲渡担保契約における通知・承諾等の一定の対抗要件具備行為については、明文上適用対象外としておりますので、注意が必要です。立法の不備であるとの批判や、明文上対象外とされている対抗要件についても類推適用すべきであるとの考え方も示されておりますが(伊藤眞ほか著『条解 破産法』372頁(弘文堂、2010)、本コラムの本題から外れますので、指摘するに留めます。
(2) また、同じく破産を例にとれば、「支払の停止等があった後権利の設定、移転又は変更をもって第三者に対抗するために必要な行為(仮登記又は仮登録を含む。)をした場合において、その行為が権利の設定、移転又は変更があった日から十五日を経過した後支払の停止等のあったことを知ってしたものであるときは、破産手続開始後、破産財団のためにこれを否認することができる。」(破産法第164条第1項。なお、下線は当職が付しております。また、民事再生法第129条第1項、会社更生法第88条第1項も同旨です。)とされており、担保権設定契約より15日経過した後悪意で対抗要件が具備されたものは、否認の対象となります。
- 担保権設定契約締結交渉の実際
(1) 上記2記載のとおり、登記留保(対抗要件具備留保)は債権回収という観点から見れば原則として避けるべきではあるのですが、当職の実務上の経験からも、登記留保(対抗要件具備留保)型の担保権設定がなされる場面はある程度存在しており、特に、相手方(担保権設定者)との力関係から、担保設定契約締結交渉の結果の妥協の産物として、「担保権設定契約はするが登記はしない」との合意が形成され、登記留保がなされる事例が散見されるところです。
このような経緯で登記留保となった場合、まず、上記2記載の内容を思い出していただき、与信管理においてあまり過度の期待をしないようにすることが肝要です。
(2) しかし、他方で、完全に回収をあきらめるのではなく、情報収集に努め、担保権設定者が信用不安の状態となった等の場合には、可及的速やかに対抗要件を具備するべきであるといえます。
破産法第164条第1項は、「支払の停止等」の場合にのみその適用があるのであり(上記2の(2)の下線部分参照)、「支払の停止等」とは、破産法第160条第1項2号にて「支払の停止又は破産手続開始の申立て」と定義されているのであって、そうとすれば、支払不能であるが支払の停止ではない状態のときに対抗要件を具備することができれば、破産法第164条第4項による否認がなされることはないこととなります。
支払の停止とは、支払不能の旨を外部に表示する債務者の行為をいうと解されており、具体的には、債務者が弁護士との間で債務整理のために破産手続開始の申立の方針を決めただけでは支払の停止とはいえないとする判例(最判昭60・2・14判時1149号149頁)等が存在しておりますので、「支払不能であるが支払の停止ではない状態」は、非常に限定的ながらも、一定程度存在するところです。
以上のとおりですので、登記留保(対抗要件具備留保)の際の対抗要件具備のトリガー条項がどのような内容か等の問題もありますが、登記留保(対抗要件具備留保)とした場合には、債務者(担保権設定者)の信用状況をよくモニタリングし、信用不安の状態等を早期に捕まえた場合には、可及的速やかに対抗要件を具備するようにつとめるべきであると考えます。
- 結語以上のとおりですので、一度、徴求している担保権を洗い出していただき、仮に、登記留保(対抗要件具備留保)に上記2のような限界があることを意識しておられなかった場合には、追加担保を徴求する等して債権保全に努めていただきたく存じます。
他方、登記留保(対抗要件具備留保)の上記2のような限界をすでに意識しておられた場合であっても、あきらめるのではなく、上記3の(2)記載のように、極めて限られた場面ではあるものの安全に担保権を主張できる場合があり得ますので、登記留保(対抗要件具備留保)型の担保権の管理体制を見直す等して、担保権の実効性を向上させるようにされてはいかがかと存じます。