賃借土地上の建物に設定された担保権者に対する地代不払の通知義務
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- 賃借土地上の建物に担保権を設定する場面
日本の民法上、土地と建物は、別個の不動産とされており、建物のみに抵当権等の担保権を設定することができます。このことは、土地と建物を別個の者が所有している場合も同様です。実際、住宅資金の借入等、建物に担保権を設定する場面は、多々あります。
ところが、建物は、必然的に土地の使用を伴います。土地と建物が別個の所有者に帰属している場合に、建物に設定された担保権が実行されると、賃借権等の土地の利用権は、建物の従たる権利として、建物の所有権とともに移転します(ただし、賃貸人の承諾が得られない場合のため、借地借家法第20条の承諾に代わる許可の制度が設けられています。)。
これに対し、担保権の実行前に土地の賃借権が消滅してしまった場合、当該担保権が実行されても、既に建物とともに移転する土地利用権は存在しないわけですから、競落人は、土地の利用権を伴わない建物しか取得できず、明渡を拒むことはできません。そうすると、競売にかけても、高額での落札を期待することはできず、価値は激減することになります。
- 土地利用権の消滅についての制限
では、借地上の建物に担保権が設定されている場合に、賃貸借契約の消滅に何らかの制限が加えられることがあるのでしょうか。
(1) 合意解約の場合
賃貸借契約は、本来、賃貸人と賃借人の合意により解約できます。しかし、建物に担保権が設定されている場合、賃貸人と建物所有者たる土地賃借人との合意により、賃貸借契約を合意解約しても、建物に設定された担保権者には、この合意を対抗できないと考えられています(民法第398条の類推適用)。
(2) 賃料不払による解除の場合
これに対し、賃料の不払により、賃貸借契約が解除された場合は、賃借権の消滅には何ら制限はありません。賃料不払により解除権は発生しますし、建物の担保権者は、これを制限することはできません。これは、後述する賃料不払の事実の通知の念書が賃貸人から差入れられている場合でも同様だと考えられています。
- 賃貸人、賃借人の責任
(1) 賃借人の責任
もっとも、上記2の(2)の賃料不払による解除がなされた場合、裁判例等はありませんが、賃料不払の事実について、担保権者に通知しなかったことについて、担保価値維持義務違反(通知があれば、担保権者としては、賃料を第三者弁済して、賃借権の消滅により担保価値の下落を防ぐことができる)として、担保権者に対して、損害賠償義務を負う可能性があります。もっとも、賃借人(担保権設定者)の支払能力の関係からか、あまり問題になることは無いようです。
(2) 賃貸人の責任
ア これに対し、土地賃貸人は、担保権者とは何らの契約関係もなく、通知義務はありません。もちろん、賃料不払により解除をしても、損害賠償義務を負うことはありません。
イ ただし、実務上、金融機関等は、建物所有者に融資して、建物の担保権の設定を受ける場合、土地の賃貸人から、賃料不払の際には、通知するとの念書を差し入れてもらう場合が多くあり、この場合に通知をしなかった賃貸人に通知義務が認められるかが問題になります。
この点について、判例は、土地転貸借の事案において、土地賃貸人等が、建物の根抵当権者(金融機関)に対し、転借人の地代不払等、借地権の消滅もしくは変更きたすおそれのある事実が生じた場合またはこのような事実が生じるおそれのある場合は、賃貸人は貴行に通知するとともに借地権の保全につとめるとの内容の念書を差し入れたときは、土地賃貸人等は、地代不払の事実を土地の賃貸借契約の解除に先立ち、根抵当権者に通知する義務を負うとしました。
ウ 上記判例においては、結論として、土地賃貸人の通知義務が認められていますが、一般的に、念書には、通知義務や義務違反の効果等を明確に記載されていないこと(土地賃貸人から、そのような念書を取得することが困難であることによると思われます)や、土地賃貸人に一方的に不利益であることから、法的義務を認めない見解も多数あり、念書の記載内容によっては、損害賠償請求が否定される可能性が十分にあると思われます。念書を取得したからといって安心することはできないのです。
エ ただし、金融機関としては、損害賠償請求が認められるか否かはともかく、念書の差入が、土地賃貸人が通知を行うインセンティブになるため、できるだけ念書をとっておいた方が良さそうです。
また、もちろん、念書を差し入れてもらうだけでなく、貸付後の土地賃借人の経済状態(特に土地賃借人が債務者である場合)等の把握等が重要であると思われます(上記判例においては、根抵当権者である金融機関は、債務者兼根抵当権設定者の経営状況を把握し、賃料不払となる可能性を認識することが可能であったとして、8割の過失相殺を認めています)。