従業員の企業外での犯罪行為と懲戒
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会社等の企業の従業員(労働者)が企業外で犯罪行為を行った場合の懲戒処分が問題となるケースがあります。
- 懲戒権の法的根拠使用者の懲戒権の法的根拠には、古くからの議論がありますが、判例は、企業は、企業秩序を定立し維持する権限を有し、企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもって一般的に定め、あるいは具体的に労働者に指示、命令することができ、また、この規則または具体的な指示、命令に違反する行為があった場合には、規則の定めるところに従い、懲戒権を行使することができるとする考え方をとっています。
- 懲戒権がおよぶ場合
(1) 企業外での犯罪行為に対する懲戒権の行使
懲戒権の法的根拠が、上記のように企業秩序維持という点にある以上、労働者は、企業外の私生活上の行為については、懲戒権を行使することはできないはずです。
しかし、労働者の企業外の行動であっても、これが企業秩序に直接に関連するものや企業の社会的評価を害する行為であれば、懲戒権行使の対象となると考えられています。
「…企業秩序は、通常、労働者の職場内又は職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であつても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許される。」(最判昭49年2月28日)。
(2) 就業規則等での規定の必要性ただし、もちろん企業外の犯罪行為に懲戒権を行使する場合も、それが就業規則等に懲戒事由として、規定されていなければならず、それが無い限り、懲戒権を行使することはできません。
(3) 就業規則等での規定がなされている場合の具体的な懲戒処分の有効性また、多くの企業においては、就業規則上の懲戒事由として、「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」、「犯罪行為を行ったとき」といった、犯罪行為一般を包括的にとりこみ得る条項を規定する場合が多く見受けられますが、このような規定をもって直ちに懲戒権の行使が正当化されるわけではありません。上記のとおり、懲戒権の行使は、企業秩序維持のために認められるものであって、従業員の私生活を一般的に支配することを認めたものではないのです。
以下の判例も、従業員の企業外での犯罪行為に対する懲戒権の行使の適法性を検討する際には、就業規則の上記のような包括的な規定を限定的に解釈し、企業外での犯罪に対する懲戒権行使に対する制約を課しています。
「営利を目的とする会社がその名誉、信用その他相当の社会的評価を維持することは、会社の存立ないし事業の運営にとって不可欠であるから、会社の社会的評価に重大な影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならない。…しかして、従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類、態様、規模、会社の経済界に占める地位、経済方針及びその従業員の会社における地位、職種等諸般の事情から総合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない」(最判昭49年3月15日)。
- 懲戒処分の種類の選択懲戒権の行使自体は適法であるとしても、どのような処分を選択してもよいということにはなりません。あくまで企業秩序の維持のために相当でなければ、懲戒権の濫用として、無効となります。その基準としては、判例は、「懲戒権者は、どの処分を選択するかを決定するに当たっては、懲戒事由に該当すると認められる所為の外部に現れた態様のほか右所為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことはもちろん、更に、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情をも斟酌することができるものというべきであり、これら諸事情を総合考慮した上で、上告人[=企業]の企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきである。」(最判昭49年2月28日)としています。
- 犯罪行為について捜査中の場合以上の話は、従業員が当該犯罪行為を行ったことを前提にしていますが、当該従業員が、警察で犯行を否認し、犯罪捜査中である場合にも関わらず、同様の前提で懲戒処分を行うことはできません。
(1) 犯罪行為を行ったことを前提とした懲戒処分
この場合、従業員が、逮捕勾留により無断欠勤している場合には、それを理由とした懲戒処分を行うことが考えられますが、単に有罪である可能性があるという段階でその犯罪行為を理由とした懲戒処分を行い、その後無罪判決が確定すれば、当該従業員から損害賠償請求される可能性があると思われます。
(2) 起訴休職
懲戒処分ではありませんが、それに類似したものとして、就業規則等において、起訴休職の制度が規定される場合があります。
公務員の場合(国家公務員法第79条2号、地方公務員法第28条第2項2号)と異なり、民間企業の労働者については、法律上、刑事事件で起訴されたことにより休職処分に付される制度はありませんが、多くの企業において、刑事事件で起訴されたことによる休職処分が就業規則において定められています。
起訴休職制度の趣旨について、裁判例は、「刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させると、職務内容又は公訴事実の内容によっては、職場秩序が乱されたり、企業の社会的信用が害され、また、当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずることを避けることにあると認められる。」(東京高判平11年2月15日)としています。
このような起訴休職については、就業規則等に定めがあり、従業員が起訴されたからといって一律有効となるものではなく、具体的な状況によっては、休職命令が無効となる可能性もあります。
上記裁判例においては、以下のアおよびイの要件を充足することが必要であるとされています。
ア (1) 起訴された従業員が引き続き就労することにより、(i)企業の対外的信用が失墜し、または、(ii)職場秩序の維持に障害が生じるおそれがあること
あるいは
(2) 当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあること
イ 休職によって被る従業員の不利益の程度が、起訴の対象となった事実が確定的に認められた場合に行われる可能性のある懲役処分の内容と比較して明らかに均衡を欠く場合ではないこと