パワハラへの対応
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よく問題にはなりますが、パワハラ(パワーハラスメント)は法律用語ではありません。明確な定義もありません。アカハラやボスハラも同様です。一般的には、会社等で権力や地位を利用した嫌がらせという意味で用いられます。単なる職場環境の悪化や被害者の退職といったものにとどまらず、被害者がうつ病、PTSDといった精神疾患を発症したり、最悪の場合、自殺に追い込まれてしまうケースもあります。そのような場合、実際にパワハラを行った上司等の個人の責任にとどまらず、雇用主が、使用者責任(民法第715条)、債務不履行責任(民法第415条、安全配慮義務違反、職場環境配慮義務違反)を追及される可能性もあります。単なる個人同士の問題とは片付けられないわけです。
パワハラの難しい点は、上司と部下または先輩と後輩といった指揮命令関係等の上下関係が前提となり、その関係においては、部下への指導、指示、叱責等が業務の内容ともなっているため、これらとパワハラとの境界が曖昧となってくるところにあります。もちろん、部下に仕事上のミス等があったとしても、部下の人格や尊厳を傷つけることに合理性が認められるわけはなく、人格攻撃や家族の悪口といった行為まで上司に認められないことは当然です。これに対し、例えば、大量の仕事の指示、ミスに対する叱責、冷遇、説教や反省文の提出の要求などについては、業務の範疇を超えない程度のものも多いと思われますが、限度を超えれば、十分パワハラといっていい状態になることもあると思われます。実際、裁判例においては、「業務上の指導の範囲を逸脱している」、「トラブルの内容が、通常予定されるような範疇を超えるものである」として、会社の損害賠償責任を認められた事案も数多くあります。
雇用主である会社等の企業としては、パワハラが存在しなければそれに越したことはありませんが、そのリスクに対して注意を払うことが必要です。セクハラについての厚生労働省の指針(平成18年厚生労働省告示第615号)では、雇用主が雇用上管理上講ずべき措置として、以下の点を挙げており、パワハラ対策としても、参考になると思われます。
(1)事業主の方針の明確化およびその周知・啓発
(2)相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備
(3)職場における(セクシャル)ハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
(4)上記(1)ないし(3)の措置の際に(ア)相談者等のプライバシーに配慮することおよび(イ)不利益取扱を受けないことの周知・啓発
パワハラによる被害またはそのおそれが発生してしまった場合、雇用主である会社等の企業としては、直属の上司が注意して終わりというわけにはいかず、雇用主の職場環境配慮義務等の一内容として、迅速かつ適切な事実調査を行う必要があります。パワハラの発生またはそのおそれがある場合、迅速かつ適切に調査して、その被害の発生、拡大または再発を防止しなければならないのです。
迅速な調査としては、もちろん事案にもよりますが、感覚的には3ヶ月が限度ではないかと思います。
適正な調査としては、(1)調査担当者の公平性、(2)調査手続の公平性が求められます。調査担当者がいずれかひいきしたり、会社の体面を気にして十分な調査を行わないことがあってはいけませんし、場合によっては、弁護士等の外部の専門家を入れることも検討していいでしょう。従業員が、職場規律違反の事実調査について協力すべき義務があるとした判例もあります(最判三小昭和52.12.13)。そして、事実調査が終了し、パワハラの事実が確認された場合、加害者に対する処分や被害者に対する被害回復措置をとることが必要です。パワハラの事実が不明な場合は、速やかに社内における事実調査は終了させ、社外の紛争処理システム(紛争調整委員会のあっせん、調停等)を利用するよう勧めるのが無難でしょう(時間の経過により、雇用主である会社等の企業が責任追及される危険性もあります。)。この点で、セクハラ指針は、「法第18条に基づく調停の申請を行うこと・・・」が「関係事実を迅速かつ正確に確認していると認められる例」としています。
以上のとおり、雇用主である会社等の企業は、パワハラにより責任を負うリスクに対して注意を払うことが必要であり、これは、会社におけるリスク管理体制の一内容となると思われます。そして、セクハラについての上記指針においても挙げられていたように、体制の整備も必要となると思われますが、単にセクハラやパワハラ等の防止担当者を一人置いて全て任すといったものではなく、会社全体の対応としての体制を整備することが重要です。レベルの異なる議論ではありますが、近年において、学校におけるいじめにより、被害児童が被害(うつ病や自殺等)を被った場合の学校側の措置の適切性が議論される際も、学校全体としての対応をしていたかどうかが、重要な要素となっているように思われます。