改正商法の施行と契約書式の改定
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1 はじめに
平成31年4月1日,昨年成立した「商法及び国際海上物品運送法の一部を改正する法律」が施行されます。これは,商法のうち主に運送及び海商に関する部分と国際海上物品運送法の一部分を実質的に改正するとともに,商法(本則)のカタカナ・文語体の条文を全てひらがな・口語体に改正するものです(詳しくは第217回及び第196回コラムをご参照ください。)
また,この改正・施行を受けて,国土交通省海事局が作成する標準運送約款(旅客・フェリー運送)と標準内航運送約款(物品運送)が公表されています(http://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_fr3_000032.html)。加えて,同じく,一般社団法人日本海運集会所(以下「海運集会所」といいます。)が作成する内航関連の7つの書式も改定されました(http://www.jseinc.org/document/naiko/naiko_amend.html)。私は,幸いにも,これらの改定にあたっての検討会に構成員・監修者として関与する機会をいただきましたので,本コラムでは,特に海運集会所の改定書式の概要について,ご紹介いたします(詳しい解説は,改定趣旨書をご参照ください)。
2 海運集会所の改定書式の概要
⑴ 危険物に関する通知義務の規定の新設
改正商法では,危険物の運送を委託する場合における荷送人の通知義務に関する規定が新設されました(第572条)。これを受けて,次のとおり,海運集会所作成の内航運送契約書式・第12条第2項にも同様の規定が新設されました。
(新)第12 条【危険品】
2.荷主は,貨物が引火性,爆発性その他の危険性を有するものであるときは,その引渡しの前に,運送人に対し,その旨及び当該貨物の品名,性質その他の当該貨物の安全な運送に必要な情報を通知しなければならない。
また,改正商法では,この通知義務に違反した場合における荷送人の責任については,債務不履行の一般原則を定める民法第415条が適用され,荷送人が無過失であった場合には,通知義務違反の責任は免除されること(過失責任)とされました。他方,この点について,海運集会所書式では,新たに,内航運送契約書式・第12条第3項で,「前項の通知(危険物に関する通知)がなかったときは,荷主は,貨物に起因する損害について,その責任を負う。」と規定されました。改正趣旨書によると,「荷主が無過失責任を問われることを意図して規定したが,表現は,記載のとおりに留めた。」とあり,上記の法律上の原則ルールである過失責任を改め,特約としての無過失責任の規定であると説明されています。
(2) 定期傭船契約についての規定の新設
改正商法では,定期傭船契約に関する規定が新設されました(第704条~第707条)。これを受けて,海運集会所作成の内航定期傭船契約書式でも複数の変更が加えられました。たとえば,船主の堪航能力担保義務の規定に関する同書式・第1条第1項では,旧書式でその義務が「傭船契約の開始時」にあるとされていましたが,新書式では,「各航海の開始時」にあると変更されました。
(3) 堪航能力担保義務の内容の明確化・過失責任化
改正商法では,運送人の堪航能力担保義務の内容が明確化され,①船舶を航海に堪える状態に置くこと,②適切な船員の乗組み・艤装・需品の補給,③船倉の運送品の保管場所を適切な状態に置くこと,という3つが明記された上で,同義務に違反した運送人の責任を無過失責任から過失責任(運送人が無過失の場合には,責任を負わない)に改めることとされました(第739条第1項)。このような改正趣旨に沿って,海運集会所作成の内航運送契約書式の規定が次のとおり改定されました。
(新)第1 条【堪航能力】
運送人は,発航の当時,本船について,航海に堪える状態に置くこと,船員の乗組み,船舶の艤装及び需品の補給を適切に行うこと,貨物を積み込む場所を貨物の受入れ,運送及び保存に適する状態に置くことのうち,いずれかの事項を欠いたことにより生じた運送品の滅失,損傷又は延着について,損害賠償の責任を負う。但し,運送人がその当時当該事項について相当の注意を尽くしたことを証明した場合は,この限りではない。
(4) 運送人の責任につき1年以内に裁判上の請求がされないと消滅する旨の規定
改正商法では,運送品の引渡日から1年以内に裁判上の請求がされなければ,運送人が運送品の損傷等を知っているか否かを問わず,運送人の責任は消滅すること(除斥期間)とされました(第585条第1項)。
海運集会所作成の書式では,従前からこの点についての規定を設けていなかったので,今回,新たに規定を設けることとはされませんでした。ただし,他社の物品運送契約書では,旧商法の規定に基づいて,「運送人の責任は,運送品の引渡日から1年の消滅時効に服し,運送人がその損傷等につき悪意である場合には,5年の消滅時効に服する」旨の規定を設けている例も見られますので,この機会に見直しされることをお勧めいたします。
3 最後に
今回の商法改正は実務を大きく変えるものではなく,基本的には実務で広く普及している取扱いを踏まえた改正がされていますので,大掛かりな書式の見直しの必要はないものと思われます。もっとも,この機会に,法律(任意規定・デフォルトルール,すなわち,特約がない場合に適用されるルール)の内容を把握された上で,貴社の契約書式の内容との異同を確認し,特に任意規定と異なる点についてはその理由を確認されることで,今後の契約締結過程における交渉や訴訟・仲裁等がよりスムーズに進められるものと考えます。
宣伝になり恐縮ですが,改正商法の内容については,私も一部執筆させていただいた書籍「一問一答平成30年商法改正」(松井信憲・大野晃宏編著,商事法務)がよくまとまっておりますので,より詳しく知りたい方はご覧いただければ幸いでございます。