第13回 イギリスに最高裁判所ができました。
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2009年10月1日,イギリスに最高裁判所(The Supreme Court)が設置されました。
このことだけ聞くと,「イギリスにはこれまで最高裁がなかったのか?」という疑問も生じかねませんが,600年以上前から,第三審を担当する裁判所(我が国の最高裁判所に相当するもの)自体は存在しました(ちなみに,我が国の最高裁判所が発足したのは,1947年のようです。)。
ただ,以前の第三審裁判所は,House of Lords(貴族院),すなわち,イギリス国会の上院議会と同一の機関であり,そのメンバー(裁判官)も,Lord Chancellor(大法官。貴族院の議員であり,内閣の閣僚(法務大臣相当),貴族院議長を兼任。),および,法律家の中から女王が資格を授与するLaw lord(法律貴族)で構成されていました。
学生時代,イギリスでは,国王による誤った政策を阻止するとともに,国王の施策を追認しがちな裁判所を実効的に規制するため,立法府の権限を強化した,ということを勉強したようなおぼろげな記憶がありますが,立法権を担う上院の議長が司法権の長を兼任する,というのは,そのような考え方の表れだったのかもしれません。
このようなHouse of Lordsの構成は,外形的には,立法府が司法権を行使するようであり,近代国家の統治の基本概念である三権分立(立法・行政・司法の分離)の概念と整合しないようにも見え(もっとも,House of Lordsが第三審を担っていた間も,Lord Chancellor(大法官)は,訴訟の審理への参加を放棄する旨表明することが通例となっており,現実には,立法に関与しうる者が司法権の行使に関与するという事態はなかったようです。),そのような外形を是正する目的もあって,今回,The Supreme Courtが設置されました。物理的にも,裁判機関としてのHouse of Lordsは,上院議会としてのHouse of Lordsの建物内にありましたが,The Supreme Courtは,これとは別の建物に設置されました。
The Supreme Courtを構成する初代の裁判官には,House of Lords時代の判事がそのまま就任したようですが,The Supreme Courtの長官を務めるPhillips判事は,「これ(最高裁判所の設置)が,最高裁判事が,House of Lordsの立法事務とのいかなる結びつきからも分離する最後のステップである。」と述べており(The Economistのウェブサイトより),実質的な面のみならず形式的にも三権分立を果たしたことに対する感慨が表れているように思います。
The Supreme Courtのオフィシャルサイトによれば,そこでの裁判手続のほとんどが録画され,ときには放映もされるようです(イギリスの裁判所で唯一とのことです。)。我が国では,最高裁判所はおろか,地方裁判所・高等裁判所での裁判手続が録画・放映されることはありません(時折,法廷の映像が放映されることがありますが,審理前の映像であり,審理そのものの撮影・録音は禁止されています。)。
我が国では,裁判手続の録画・放映について,まだ議論自体があまりなされていませんし,具体的な検討段階に入ればいろいろな議論が起こってくるとは思いますが,しばらく,イギリスでの録画・放映の状況(を放映するBBC等)に注目してみたいと思います。