第19回 預金は誰のものか
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預金は,当然,預金者のものということになるのですが,なかなかそれだけでは済まない問題が生じることがあります。
例えば,売掛金等の回収を代行して自己名義の口座に一時入金していた場合,他の人の口座に誤って入金した場合等,預金名義はAだが,入っているお金は,別人であるBが得るはずのものであるという場合は数多くあるのです。弁護士も,依頼者から委任を受けた場合に,費用に用いるためのお金や事件の相手方等から受領したお金を「弁護士A預り金口」といった名義の預金に保管していたりします。
このような場合,預金がそのままの状態であれば,それほど深刻な問題とはならないのですが,預金名義人が当該預金を引き出して自己のために使用した場合や預金債権が差押さえられた場合,預金債権が誰に帰属するかという点が大きく問題になります。
この問題については,銀行の預金規定,金銭の所有は占有に従うとの考え方や意思表示における意思主義および表示主義といった理論的な観点からの検討だけでなく,銀行等における預金者の把握といった実質的な観点からの利益衡量も必要となるため,容易には決められません。
大まかな整理としては,(1)自らの出捐により,自己の預金とする意思で預金契約をした者をもって預金者とする(客観説),(2)他の者のために預金する旨を表示していない限り,預入行為者を預金者とする(主観説),(3)客観説を基本として,預入行為者が自己の預金である旨を表示した場合には預入行為者を預金者とする(折衷説)といった考え方がありますが,定説といったものはなく,また,預金の種類も,定期預金,普通預金,当座預金と様々なものがあるため,より問題が複雑となっています。
無記名式定期預金について,判例は,Xが出捐して,A社の金融の便宜のためにY銀行に無記名定期預金をしたところ,Y銀行がAに対する貸付金債権をもって相殺した事案において,銀行は,預金者が何人であるかについて格別利害関係を有するものではなく,出捐者の利益保護の観点から,出捐者を預金者としました(ただし,銀行が預金債権を受働債権として相殺する予定のもとに新たな貸付をする場合は,無記名定期預金の期限前払戻と同視できるとして,民法第478条の類推適用または免責規定による銀行の保護の余地を残しています)(最判昭48年3月27日第三小法廷判決)。
これに対し,普通預金については,X保険会社の代理店Aが,保険契約者から収受した保険料をY信用組合の「X保険会社代理店A」名義の普通預金口座に入金し,毎月,X保険会社から保険料請求書が送付され次第,上記口座から保険料相当額の払い戻しを受け,手数料を差し引いた残額をX保険会社に入金していたところ,Y信用組合が,Aに対する貸付債権をもって,上記預金を相殺したという事案において,(1)預金口座の開設者はAであること,(2)名義はAを表示しているものと認められること,(3)通帳,届出印はAが保管していたこと,(4)金銭の所有者は,占有者である受任者に帰属することから,預金債権はAに帰属するとしました(最判平15年2月21日第二小法廷判決)。
また,Xが,B弁護士に債務整理を依頼し,Bは同事務処理のために「B」名義の普通預金口座を開設し,Xからの預かり金500万円を入金したところ,Y税務署長が,Xの滞納税金の徴収のために上記預金を差押さえたという事案において,(1)500万円は,委任事務処理の前払費用としてBに帰属すること,(2)名義はBであること,(3)Bが預金口座を開設したこと,(4)通帳,届出印は,Bが保管していたことから,預金債権は,Bに帰属することとしました(最判平成15年6月12日第一小法廷判決)。
以上のような,判例の評価については,様々な考え方が主張されていますが,少なくとも,普通預金等の流動性預金については,預金口座に入金または支払がなされる都度,個々の預金債権は特定性を失ってしまうため,定期預金についての昭和48判決のような客観説的な発想にはなじみにくいのではないかと思われます。
ただし,これらの判例の射程については,不明な点もあり,特に普通預金や当座預金については,預金債権の帰属がケースバイケースで認定される可能性が高いため,自分が得られるべきお金について,自己名義以外の預金口座に入金されている場合には,たとえ自分が通帳等を管理している場合であっても,注意が必要と思われます。