消費税転嫁対策特別措置法に関するガイドラインの改正と留意点
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1 はじめに
平成の時代が終わり,ついに令和の幕開けです。本年,すなわち令和元年10月1日より,8%から10%への消費税率引上げが予定されています。平成26年以来の増税です。
平成26年の5%から8%への消費税率引上げに先立って,「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」(以下「消費税転嫁対策特別措置法」といいます。)が,平成25年10月1日から施行されています。同法は,中小の納入業者等が,商品の納入先である大規模小売業者等に対して,消費税率引上げ分を円滑に価格に上乗せ(転嫁)することができるようにするための時限立法です。
また,公正取引委員会は,同年9月10日,同法の運用指針である「消費税の転嫁を阻害する行為等に関する消費税転嫁対策特別措置法,独占禁止法及び下請法上の考え方」(以下「本ガイドライン」といいます。)を公表しています。
そして,公正取引委員会は,平成31年3月29日,8%から10%への消費税率引上げを前に,本ガイドラインの改正を行いました。
【参考】 公正取引委員会ウェブサイト
「(平成31年3月29日)「消費税の転嫁を阻害する行為等に関する消費税転嫁対策特別措置法,独占禁止法及び下請法上の考え方」の改正について」
今回のコラムでは,本ガイドラインの改正の内容をご紹介します。
なお,消費税転嫁対策特別措置法及び同法の運用については,以前の木下雅之弁護士のコラム(第147回「中小企業へのしわ寄せ防止-消費税転嫁対策特措法-」)において詳しく解説されていますので,ご参照ください。同法の期限は,当初,平成29年3月31日とされていましたが,現在,平成33年(令和3年)3月31日に延長されています(同法附則第2条第1項)。
2 本ガイドラインの改正の経緯,内容
本ガイドラインの内容は,今回の改正の前後で大きく変化するものではありません。10%への消費税率引上げに向け策定された「消費税率引上げに伴う価格設定について(ガイドライン)」(以下「価格設定ガイドライン」といいます。),軽減税率制度の導入等に伴い,消費税転嫁対策特別措置法上の考え方を明確化する観点から行われた改正であるとされています。
⑴ 価格設定ガイドラインの策定を踏まえた改正
平成30年11月28日,内閣官房,公正取引委員会,消費者庁等の関係省庁は,連名で価格設定ガイドラインを公表しました。
消費税転嫁対策特別措置法は,「消費税はいただいていません」,「消費税還元セール」等の消費税と直接関連させた宣伝・広告を,あたかも消費者に消費税を負担させていないかのような誤認を与える表示として禁止していますが,事業者の価格設定のタイミングや値引きセールなどの宣伝・広告⾃体を規制するものではありません。そこで,価格設定ガイドラインでは,消費者向けに「10月1日以降〇%値下げ」,「10月1日以降〇%ポイント付与」等の表示をすることに問題はなく,事業者の価格設定や値引きセールの宣伝・広告自体を規制するものではないことを明記したほか,事業者間の取引においては適正な転嫁が確保されるようにすることを明記しました。
これを受け,本ガイドラインには,消費税転嫁対策特別措置法が禁止する「減額」あるいは「買いたたき」(同法第3条第1号)に該当し,問題となる例として,「10月1日以降〇%値下げ」,「10月1日以降〇%付与」等と表示したセールの実施に当たって,大規模小売業者等が自社の利益を確保するため,消費税率引上げ分の全部又は一部を中小の納入業者等が納入する商品の対価から減じる場合が追記されました。
また,同法が禁止する「利益提供の要請」(同法第3条第2号)に該当し,問題になる例として,大規模小売業者等が,「10月1日以降〇%値下げ」等のセールの実施に当たって,自社の利益を確保するため,協賛金や従業員等の派遣を要請する場合も追記されました。
このように,大規模小売業者等が独自に値引きセールやポイントの付与を行うこと自体は何ら問題ないとしても,その値引き等の負担を,商品を納入する中小の納入業者等に肩代わりさせることは許されないということです。
⑵ 軽減税率制度の導入に伴う改正
本年10月1日の消費税率引上げと同時に,軽減税率制度が実施される予定です。「酒類及び外食を除く飲食料品」及び「定期購読契約が締結された週2回以上発行される新聞」が対象となり,10月1日以降も8%の税率に据置きとなります。
10%の標準税率が適用される商品と8%の軽減税率が適用される上記対象品目とで,異なる税率が適用される商品が併存することになります。
公正取引委員会は,軽減税率制度の導入(複数税率導入)に伴い消費税転嫁対策特別措置法の運用を明確化するために,以下の観点から本ガイドラインの改正を行っています。
① 「減額」,「買いたたき」の該当例の追加
「減額」に該当し,問題になる例として,本年10月以降,標準税率が適用される商品の納入の対価について,軽減税率が適用された場合の対価まで減じる場合が追記されました。
また,「買いたたき」に該当し,問題になる例として,標準税率が適用される商品の納入業者に対して,大規模小売業者等自身が供給する商品が軽減税率の対象品目であることを理由に,消費税率引上げ前の対価に消費税率引上げ分を上乗せした額より低い対価を定める場合が追記されました。
② 許される消費税転嫁カルテルの例の追加
消費税転嫁対策特別措置法第12条は,公正取引委員会に届け出る等,一定の要件を満たすことで,消費税の転嫁の方法の決定を他の事業者と共同して行う,いわゆる消費税転嫁カルテルが独占禁止法に違反することなく行うことができる旨規定しています。
許される行為の具体例として,消費税率引上げ後に発売する新製品について,各事業者がそれぞれ自主的に定める本体価格に消費税額分を上乗せする決定を共同して行うこと等が本ガイドラインに挙げられています。
今回の本ガイドラインの改正により,同法第12条により許される消費税転嫁カルテルとは認められない類型として,消費税率引上げ後の税込価格又は税抜価格を統一する旨の決定等に加え,新たに,軽減税率の対象品目の対価に標準税率引上げ分を上乗せする旨の決定が追記されました。
⑶ 過去の事案の蓄積を踏まえた改正
「買いたたき」として問題になる例として,消費税率引上げ前に税込価格で対価を定めている場合に,そのことを理由として対価を据え置く場合,あるいは,取引先である商品の納入業者から対価の引上げの要請や価格交渉の申出がないことを理由に対価を据え置く場合が追記されています。
3 最後に
先に述べたとおり,今回の本ガイドラインの改正は,従前の消費税転嫁対策特別措置法の考え方を明確にするために実施されたものです。
したがって,本年10月の消費税率引上げに際して留意すべき点は,基本的に木下雅之弁護士のコラム記載の内容と同様となります。
特に,大規模小売業者等としては,平成26年の消費税率引上げの際と同様,商品の納入業者との価格交渉において慎重な対応が求められることに変わりありませんので,お気をつけください。