第60回 原子力損害の賠償に関する法律が政治家の怒鳴り合いのタネに?
執筆者
平成23年5月13日,原子力発電所事故経済被害対応チーム関係閣僚会合において東京電力(以下「東電」といいます。)福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて決定されました。
(http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/taiou_honbu/index.html)
その中で,東電が全面的に損害賠償責任を負うことが確認される一方で,新しく設立する機構を通じて公的資金を注入することで東電の経営破綻を回避する方針であることが確認されましたが,「東電が全面的に賠償責任を負う」ということについて,原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」といいます。)との関係が問題となりました。すなわち,上記会合では,東電の賠償責任について免責を認めていない原案に対し,与謝野経済財政相が「原賠法3条ただし書きを適用し,免責を認めるべきだ」と強い口調で求めましたが,枝野官房長官は「法改正しない限り,今回の事故に免責条項が適用できるとは解釈できない」と反論し,2人の言い争いは怒鳴り合いにまでエスカレートしました。ただ,最後は枝野氏が押し切ったようです(平成23年5月14日 読売新聞)。
そこで,今回は,枝野,与謝野両氏が怒鳴り合いにまで発展する原因となった「原賠法」について,わかりやすく説明しようと思います。
-
原賠法の目的
原賠法の目的は,原子炉の運転等によって原子力損害が生じた場合における損害賠償制度を定めることで,被害者保護と原子力事業の発達に資することです(原賠法1条)。原賠法は,後ほど説明しますように,あくまで原子力損害の被害者を保護する法律であるという点が重要です。
-
原子力損害
「原子力損害」とは,核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し,又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害をいいます(原賠法2条2項)。
一般的には,原発事故と社会通念上相当と認められる範囲で因果関係が認められる損害が賠償の対象とされます。具体的には,生命・身体への損害だけでなく,精神的損害,避難費用,農作物の出荷制限や風評被害による営業損害なども含まれます。この点につき,原子力損害賠償紛争審査会が提示する指針が参考になります。
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/houkoku/1305640.htm) -
原子力事業者の無過失責任
東電などの原子力事業者は,原子力損害を発生させたときは,損害の発生につき故意・過失があったか否かに関わりなく,賠償責任を負います(無過失責任,原賠法3条1項本文)。民法上は,不法行為一般について,被害者が加害者に損害賠償請求するためには,被害者が加害者の故意又は過失を立証する必要があるので,原賠法は,原子力事業者の無過失責任を定めることで,被害者保護を図ろうとしているといえます。
諸外国の原子力損害賠償制度においても同様に,無過失責任とするのが通例です。
-
原子力事業者に対する免責
「異常に巨大な天変地異又は社会的動乱によって生じた損害」については,原子力事業者に賠償責任がないとされています(原賠法3条1項但書)。このように原子力事業者が免責される場合,国が被災者の救助及び被害拡大防止のため必要な措置を講じます(原賠法17条)。
冒頭でご紹介した両氏による怒鳴り合いは,まさに,この免責規定が今回の福島原発の件にも適用され,東電が免責されるか否かに関するものでした。この点につき,政府は,前記関係閣僚会合決定において,東電の免責はない旨示しています。その理由は,右決定においては明確にされていませんが,学説上は様々な見解があるところです。東電の免責はないとする主要な理由をご紹介すると,「異常に巨大な天災地変」とは,一般的には歴史上例の見られない大地震,大噴火,大風水災等が想定されており,今回の地震や津波は,歴史上例の見られない災害とまではいえないこと,原賠法3条1項但書で「異常に巨大な天変地異」と並記されている,戦争などの「社会的動乱」と同程度とはいえないこと,必ずしも地震により引き起こされたものとはいえないこと,また,地震時の全電源喪失は本件事故前から指摘されていたことなどがあります。
-
原子力事業者に対する責任集中
原子力事業者以外の者,たとえば,原子力事業者に機器を提供しているメーカーなどは,原子力損害を賠償する責任を負いません(原賠法4条1項)。また,原賠法4条3項では,製造物責任法なども適用されないと規定されていますので,原子力事業者以外の者が製造物責任法に基づく賠償責任を負うこともありません。このように,原子力損害の賠償責任は原子力事業者に集中しています。その趣旨は,上記原子力事業者以外の原子力関連事業者の保護のほかに,被害者が容易に賠償責任の相手方を知ることができる,つまり,原子力損害については,原子力事業者に対して請求すれば賠償してもらえる,というように簡単に理解できることをもって,被害者保護を図る点にあるとされています。
-
原子力事業者の損害賠償措置,国の援助
原子力事業者は,損害賠償責任が発生する事態への備え(損害賠償措置)を講じることが義務づけられています(原賠法7条1項)。この損害賠償措置とは,原子力損害賠償責任保険契約(民間保険契約)及び原子力損害賠償補償契約(政府補償契約)を締結することです。この損害賠償措置として必要とされる額は,原則として,1事業所当たり1,200億円とされていますので,通常の原子力損害を賠償する場合には,民間の損害保険会社により,賠償措置額(1,200億円)まで保険金が支払われることになります。そして,民間保険会社による保険では対応できない原子力損害,たとえば,地震,噴火,津波などの自然災害による原子力損害を賠償する場合には,原子力事業者と政府との間の補償契約により行われる政府補償により,賠償措置額(1,200億円)まで補償金が支払われることになります。
また,被害者救済に遺漏がないようにするため,賠償措置額(1,200億円)を超える原子力損害が発生した場合には,国が原子力事業者に必要な援助を行うことができます(原賠法16条)。この国による必要な援助とは,補助金の交付や低利融資等が考えられます。
-
最後に
原賠法の基礎について説明しましたが,実は,原賠法には,曖昧で,不明確な条項が多いため,実際に適用されるとなると,様々な問題が生じることが予想されます。被害に遭われた方の生活再建のためにも,原子力損害賠償紛争審査会などの関係機関の今後の動向には目が離せません。