時差に要注意!
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日本とオーストラリアの間を移動する際のメリットの一つとして、時差がほとんどないことが挙げられます。もちろん、長時間のフライトで,目的地の季節も逆ですが、時差ボケの心配がありません。このメリットはビジネスの場面でも当てはまります。普段,私たちがオーストラリアの取引先に電話やメールで連絡する際に、「向こうは何時だろう?」と特に気に留める必要はありません。
ただし,残念ながら、最近のオーストラリア連邦裁判所の判決で示されたように、国際取引の場面では、このメリットが必ずしもあるとまでは言えません。今回は,国際取引の場面で,保険の適用時期が争われた事例について,紹介したいと思います。
2020年1月16日に,オーストラリア連邦裁判所のオルソップ裁判長が下したSwashplate Pty Ltd v Liberty Mutual Insurance Company [2020] FCA 15事件(以下「本件」といいます。)の判決は,米国のミシシッピ州から、オーストラリアのクイーンズランド州への2機のヘリコプターの運送を保証する保険契約に関するものでした。原告であるSwashplate社は,2機のヘリコプターを購入し、コンテナでオーストラリアまでの輸送を手配しました。2機のヘリコプターには降着装置としてスキッドが取り付けられていましたが,コンテナに積み込むため、スキッドが外されて、代わりに車輪が取り付けられました。ところが、コンテナ内での車輪の輪止めが設置されておらず、固定用のストラップも十分ではなかったため、運送中に2機とも破損することになりました。
本件の原告は,被告の保険会社との間で,2機のヘリコプターについて,航空ヘリコプター単一運動保険契約(Aviation Helicopter Single Transit Policy of Insurance)を締結していました。そして,その保険証書には、保険の開始時期が2018年5月19日と記載されていました。
さて,2機目のヘリコプターのコンテナへの積込みは、ミシシッピ州時間の5月19日午前8時(クイーンズランド州時間の同日午後11時)に開始されました。被告は,2機目のヘリコプターの破損について、原告の請求を認めました。しかし、当事者間では,1機目の破損について争われました。というのも,1機目の積込みは、ミシシッピ州時間の5月18日午後3時(クイーンズランド州時間の19日午前6時)に開始し、その2時間後に終了したからです。被告は,この時系列に基づいて、破損の原因となった不適切な積込みは保険の開始時期以前に発生したものと主張したのです。
その一方で、原告は、1機目の破損が保険契約の対象になる次の3つの理由を主張しました。
- 保険契約の対象となるのは、「期間」ではなく、「単一運送」なので、保険証書に記載された開始日にはが契約上の法的拘束力はない。
- 保険証書に記載された開始日は、ミシシッピ州時間ではなく、クイーンズランド州時間を示したものである。
- 保険契約は,保険証書の「Static Cover」特約に基づいて、保険の開始日の5日前に遡って、5月13日以降に発生した保険事故に適用されるものである。
裁判長は、保険約款等の関係書類を考慮した結果、被告の主張を認めて、原告の請求を棄却しました。裁判長が原告の上記の主張を認めなかった理由は次のとおりです。
- 「保険契約の対象となるのは単一運送である」との原告の主張を認めることは、保険証券の保険の開始日が2018年5月19日であることを無視することを意味する。
- 保険証券には、「現地時間」との明確な記載があり、積込みがミシシッピ州で行われたことから、保険の開始日はミシシッピ州の時間を示している。
- 原告の主張のとおり、保険の開始日が遡るとの解釈を採用すれば、保険会社が被保険者から「積込みを開始した」の通知を受けない限り、保険期間がいつ開始したか不明のままになる。
裁判長は、保険約款等の関係書類に記載された関連条項を矛盾なく適用できる解釈を採用しました。その結果として、裁判長は,保険の開始日を、ミシシッピ州時間の5月19日午前0時と判断しました。したがって、被告は,保険約款の免責条項が適用されたため,5月18日に積み込まれた1機目の破損について,保険金の支払義務を負わないことになりました。
本件には特有の事実関係があるものの、特に欧州やアメリカなど、海外の事業者と取引する場合に、時差が与える影響にも配意するべきことを再確認させるものであるように思われます。