医療機関の新型コロナウイルス対応 ~医療従事者の配置転換における留意点を中心に~
執筆者
A病院の事例
A病院では、今後、新型コロナウイルス感染症患者、疑似症患者及び無症状病原体保有者(以下「コロナウイルス患者等」といいます。)の受入れに際して、次の事項を検討しており、現在、当該部署を担当する職員をリストアップしている。 ① 病棟の一部をゾーニングしてコロナウイルス患者等の専用スペースにすること ② 一部の病棟をコロナウイルス患者等の専用病棟とすること リストアップした結果、独身の職員や若年の職員ばかりが対象になってしまう可能性が高く、これらの職員からの反発が想定される。医療機関としてどのような対応をとることが望ましいか。 |
1 はじめに
新型コロナウイルス感染症(以下「コロナウイルス」といいます。)の蔓延により、外来患者数の低下や予定入院・予定手術の延期等が原因となり、収益が減少している医療機関が多いと報じられています。今後は、懸念されているコロナウイルス感染拡大の第二波に備え、地域特性に応じた医療提供体制を整えつつも、いかに収益を安定させることができるかが各医療機関における経営課題となっているように思います。
この点、厚生労働省は、先日、「新型コロナウイルス感染の拡大に対応する医療人材の確保の考え方及び関係する支援メニューについて」(令和2年5月8日付事務連絡)において、各地域における医療人材の確保の観点から、医療従事者の配置転換の具体策等を示しました。
コロナウイルス患者等を受け入れる病院や診療所においては、外部からスタッフの派遣を受けるだけでなく、本ケースのような対応を検討されることもあると思われます。
そこで、今回のコラムでは、主に、医療従事者の配置転換(以下「配転」といいます。)の問題について解説いたします。なお、コロナウイルスに関する情報については日々状況が変化しているところ、以下の内容については本稿執筆時点の情報を前提としたものであることにご留意ください。
2 本ケースについて
1 配転の適法性について
本ケースでは、法的には、主に配転の適法性が問題となります。
配転については、手塚祥平弁護士による第51回コラム「人事異動に関する法律関係」において紹介されているとおり、(配転命令権があることを前提に)当該労働者との合意や権利濫用論等により当該配転命令権の行使が制約されないかが問題となります。
本ケースについていえば、特に当該配転の業務上の必要性の有無や対象職員の不利益の程度について、個々の諸事情を考慮しつつ比較衡量した判断が必要となります。したがって、単に当該職員が「若いから」、「配偶者がいないから」又は「子どもがいないから」等の理由のみでリストアップがなされているような場合には、当該配転の適法性に疑義が生じる可能性は否定できません(労働者の社会生活や、仕事と生活の調和への配慮に欠ける配転命令が慰謝料請求の根拠となり得る点を指摘した近時の裁判例として、東京高等裁判所平成31年3月14日判決参照。ただし、同裁判例は、配転命令に係る内示が不法行為を構成するものといえるかが問題となった事例です。)。
一方で、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児介護休業法)や同法の趣旨を考慮した近年の裁判例や各種の通達等では、使用者には、育児や介護の家庭事情を有する労働者について優先的な配慮をすることが求められています。そのため、特にコロナウイルスの病態の全容が未解明といえる現状では、リストアップした結果、対象者の多くが育児や介護の家庭事情を有さない職員等となってしまうこともやむを得ないようにも考えられます。
このように、本ケースは、各職員の生活に対してどこまで配慮をするべきかという点について、職員のプライバシー又は人事の公平性等との関係で特に慎重な検討を要する事例と思われます。
2 配転対象者の負担を軽減するための方法
この点に関して確実な解決策を見出すことは困難ですが、各職員の生活事情や意見に真摯に対応をするとともに、配転対象者の負担を軽減させる方法を具体的に検討することが、配転の適法性を担保できることはもとより、公平感のある人事を実現させることにつながると考えます。例えば、
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- 各職員に(家族構成等含め)生活環境の申告を積極的に求めること
- 配転対象の職員に対する十分な危険手当の支給(感染防止のための宿泊施設等の休憩場所の提供も考えられます。)又は人事評価の際の考慮等
- 配転実施後の定期的な面談による生活情報の把握やメンタルケア
- 一定期間毎のローテーション制の導入
- 定期的なPCR検査の実施(これは、安全配慮義務の問題にも関わってきます。)
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等の方策が考えられます。
3 妊娠中の女性職員や高齢職員等への配慮
上記の議論以前の問題として、妊娠中の女性職員や高齢職員、基礎疾患を有する職員等(以下「妊娠中の女性職員等」といいます。)については、コロナウイルス感染防止のために労務管理上配慮することが厚生労働省より要請されているため(厚生労働省の「職場における妊娠中の女性労働者等への配慮について」参照)、配転対象から外す配慮をしておくことが適切です。
3 医療機関におけるコロナウイルス対応の留意点について
医療機関のコロナウイルス対応に関しては、一般企業と同様の留意点だけではなく、オンライン診療、医療従事者の人事労務管理、医療法その他関係法令上求められる手続きの履践方法、資金繰り対策など多岐にわたる医療業務特有の実務的な問題があると思われます。
これらの問題の一部については、厚生労働省その他の管轄官公庁から通知や事務連絡等が発出されており、これらが機関としての対応の一つの指針となるものと思われます。しかしながら、個々の通知等は基本的な法的性質としては行政規則(原則として拘束力がないもの。)であり、個々の対応に係る法的留意点について網羅的に対応するものではありません。
また、今後の「with コロナ」の社会の中では、従前の政府による緊急事態宣言下の判断とは異なり、当該時点の状況に応じた臨機応変かつ適切な判断が必要であり、医療機関に求められる対応のハードルは従前よりも上がるものと思われます。これらに鑑みると、個別事案の法的判断に関してお悩みとなった際には、事前に専門家に相談することをお勧めいたします。