第80回 会社法上の内部統制の基本方針と財務報告に係る内部統制
執筆者
企業法務,特に内部統制やコーポレートガバナンスに多少なりとも携わる弁護士として,昨年,興味を惹かれた不祥事事案の中に,九州電力のやらせメール事件,大王製紙の元会長への巨額融資事件などとともに,(現在進行形ですが)オリンパス社の粉飾決算事件があります。
私は,上記のような不祥事事案が報道されると,当該企業の内部統制の基本方針をチェックしてみることがありますが(上場企業の場合,東証や大証などのウェブサイトで,「コーポレートガバナンス報告書」を検索すれば,当該企業の内部統制の基本方針は簡単に調べることができます),オリンパス社の内部統制の基本方針には,会社法で「株式会社の業務の適正を確保するために必要な体制」として列記されている各種体制(会社法362条第4項,同法施行規則第100条)のほかに,「財務報告の適正性と信頼性を確保するために,監査室において,統制活動が有効に機能するための取り組みを継続的に実施する」として,いわゆる金融商品取引法上(以下「金商法」といいます。)の「財務報告に係る内部統制」について記載されています。
そもそも,会社法が施行された平成18年の段階において各社が制定した内部統制の基本方針においては,上記の「財務報告に係る内部統制」を記載することは想定されていませんでしたが,金商法に基づく内部統制報告制度(金商法24条の4の4)が,平成20年から実施されたため,当該報告制度に関連して,財務報告に係る内部統制についても内部統制の基本方針において記載するべきか,ということが論点となります。
この点,会社法における内部統制と財務報告に係る内部統制とは目的や背景が異なるという見解(異質説)によれば,財務報告の内部統制を会社法における内部統制の基本方針の中に記載しないという結論に至るのが自然ですが,現在は,財務報告に係る内部統制も会社法における内部統制に含まれる(あるいは重なり合う)という見解(同質説)が有力であり,この見解によれば,会社法における内部統制の整備に関する取締役会決議に,財務報告に係る内部統制に関する基本方針を盛り込むことには,特に問題ないという結論になります。
実際,上場企業のコーポレートガバナンス報告書を見てみると,オリンパス社も含め,内部統制の基本方針において,財務報告に係る内部統制について記載している企業が多数ありますが,これらの企業の中にも,財務報告に係る内部統制を,
(1) 取締役等の法令等遵守(コンプライアンス)を確保する体制の一要素として位置付けているケース(金商法という法令の遵守という趣旨だと思われます),
(2) 企業集団における業務の適正を確保する体制の一要素として位置付けているケース(金商法上の内部統制報告書が,企業集団に係る財務計算に係る情報の適正性についての報告であることを考慮している趣旨だと思われます),
(3) 会社法における内部統制の各体制とは別個の項目で記載しているケース(上記の同質説からは導きにくいような気がしますが,議論が成熟していない面もあることから,別個の項目とすることも理解できます)
等,その位置付けは様々なようです。
ただし,一歩進んで,内部統制の基本方針の中に財務報告に係る内部統制について必ず記載しなければならないかというと,仮に同質説の立場に立ったとしても,上記のとおり,少なくとも,会社法の条文上は財務報告に係る内部統制について明記されていない以上,これに言及することが必須とまでは言えず(実際,内部統制の基本方針において財務報告に係る内部統制に言及していない上場企業も多数あります。),結局のところ,各企業の判断に委ねられていると考えられます。
今回のオリンパス社の粉飾決算事件(有価証券報告書等の虚偽記載)の内容が報道等のとおりであれば,内部統制の基本方針における財務報告に係る内部統制の記載の有無にかかわらず,取締役等の責任が認められる可能性は高いと思われますが,各企業におかれましても,もう一度,自社の内部統制の基本方針に立ち返り,新たに取締役会で決議して整備すべき事項はないか,あるいは,各項目の体制が十分に機能しているか,再点検してみてはいかがでしょうか。
本年も,当ウェブサイトを閲覧いただいた方に有益な情報を発信できるよう,事務所メンバー一同努力いたしますので,どうぞよろしくお願いいたします。
【追記】
報道等によりますと,冒頭に書きました九州電力の事案やオリンパス社の事案は,いずれも,内部告発(企業内部の人物が,社内制度である内部通報制度を利用せず,マスコミ等の社外の第三者に情報を提供する)が発覚の端緒になったようです。
社内の内部通報制度が十分に機能していた場合(当然ですが,上記の2社の内部統制の基本方針によれば,内部通報窓口は設置されているようです。ただし,オリンパス社については,内部通報者の配転について,昨年,興味深い高裁判決が出ています),これらの事案はまた違った方向に進んでいたかもしれません。