第87回 従業員の飲酒運転
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近年,飲酒運転に対する社会的批判が強くなっており,会社等の企業の従業員(労働者)が飲酒運転を行った場合,特にそれが人身事故を伴ったときには,企業の社会的評価に与える影響も大きいことから,企業としては,どのような懲戒処分を行うべきかが問題になります。
- 企業外での行為に対する懲戒処分労働者の企業外の行動であっても,これが企業秩序に直接に関連するものや企業の社会的評価を害する行為であれば,懲戒権行使の対象となると考えられています。
「…企業秩序は,通常,労働者の職場内又は職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが,職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても,企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから,使用者は,企業秩序の維持確保のために,そのような行為をも規制の対象とし,これを理由として労働者に懲戒を課することも許される。」(最判昭49年2月28日)。
- 懲戒処分の基準どのような懲戒処分を選択するかについて,判例は,「懲戒権者は,どの処分を選択するかを決定するに当たっては,懲戒事由に該当すると認められる所為の外部に現れた態様のほか右所為の原因,動機,状況,結果等を考慮すべきことはもちろん,更に,当該職員のその前後における態度,懲戒処分等の処分歴,社会的環境,選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情をも斟酌することができるものというべきであり,これら諸事情を総合考慮した上で,上告人[=企業]の企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきである。」(最判昭49年2月28日)としています。
したがって,就業規則等で,飲酒運転を一律に懲戒解雇とするといった定めをしても,ただちに,懲戒解雇を選択してもよいということにはなりません。あくまで企業秩序の維持のために相当でなければ,懲戒権の濫用として,無効となります。飲酒運転においても,単に飲酒運転を行ったということで,一律に懲戒解雇といった厳しい処分を下すことは許されません。近年では,悪質な飲酒運転が社会問題化し,厳罰化の風潮にありますが,直ちに厳しい懲戒処分が適法になるということにもなりません。
地方公共団体が,酒気帯び運転を行った公務員を懲戒免職とした事例の裁判例では,酒気帯び運転における諸事情(非違行為の性質・態様・結果における悪質さの程度の低さ,原因・動機における非難可能性の低さ,職務上の地位等から考え得る他への影響の重大さの低さ,過去の非違行為の不存在や日頃の勤務態度,非違行為後の対応の良好さ等)を考慮して,懲戒免職処分は,裁量権を逸脱したものとして,懲戒免職処分を取り消されました(大阪高裁平成21年4月24日,なお,最高裁で当該地方公共団体の上告は棄却されました。)。
- 人事院の指針(H20.4.1改正)これも公務員に関してですが,人事院の「懲戒処分の指針」が,以下のように一部改正されました。これは,厳罰化の傾向にしたがった改正と思われますが,やはり,懲戒処分の内容は,飲酒運転における諸事情を考慮すべきであることが前提になっていると思われます。
(人事院HP「懲戒処分の指針」の一部改正について)
飲酒運転に係る標準例を見直すとともに,飲酒運転車両に同乗した職員等に対する標準例を新たに追加する。
飲酒運転に係る標準例を見直すとともに,飲酒運転車両に同乗した職員等に対する標準例を新たに追加する。 標準例 改正後の標準的な処分量定 (参考)
改正前の標準的な処分量定酒酔い運転で
人身事故を起こした職員免職 免職・停職 酒気帯び運転で
人身事故を起こした職員免職・停職 免職・停職・減給 酒酔い運転をした職員 免職・停職 免職・停職・減給 酒気帯び運転をした職員 免職・停職・減給 停職・減給・戒告 追加する標準例 標準的な処分量定 飲酒運転をした職員に対し車両若しくは酒類を提供した職員若しくは飲酒をすすめた職員又は職員の飲酒を知りながら当該職員が運転する車両に同乗した職員 飲酒運転をした職員に対する処分量定,当該飲酒運転への関与の程度等を考慮して,免職,停職,減給又は戒告 - 退職金不支給の定めまた,就業規則等では,懲戒解雇がなされた場合に退職金を不支給とする旨の定めが置かれている場合が多いところ,懲戒解雇等が有効であるからといって,退職金を不支給とすることまでもが直ちに有効となるわけではありません。
大手運送業者のドライバーに対する懲戒処分が有効とされた裁判例(東京地判平成19年8月27日ヤマト運輸事件)は,「大手の貨物自動車運送事業者であり,原告が被告のセールスドライバーであったことからすれば,被告は,交通事故の防止に努力し,事故につながりやすい飲酒・酒気帯び運転等の違反行為に対しては厳正に対処すべきことが求められる立場にあるといえる。」として,懲戒解雇を有効としました。
ただし,同裁判例は,退職金の不支給については,退職金に賃金の後払いとしての性格があることを強調し,「退職金不支給とする定めは,退職する従業員に長年の勤続の功労を全く失わせる程度の著しい背信的な事由が存在する場合に限り,退職金が支給されないとする趣旨と解すべきであり,その限度において適法というべきである。」として,被告の飲酒運転について,「長年の勤続の功労を全く失わせる程度の著しい背信的な事由とまではいえないというべきである。したがって,就業規則の規定にかかわらず,原告は退職金請求権の一部を失わない」と判断しました。