第90回 内部通報と不利益取扱い
執筆者
前回の私のコラム(「会社法上の内部統制の基本方針と財務報告に係る内部統制」)において,「オリンパス社の内部通報に関して,通報者に対する配転命令について興味深い高裁判決が出ている」と書きました。去年の夏の判決なので,少し古いかもしれませんが,今回は,この判決について取り上げたいと思います。
本件は,オリンパス社の従業員が,同社の取引先からの引抜き等について,同社が設置したコンプライアンス室に通報したところ,配転命令(以下「本件配転命令」といいます。)を受けたことから,本件配転命令の無効および損害賠償を求めた事案です。
第一審において,従業員は,(1)オリンパス社は,労働契約上,適材適所の人事配置をなすことを義務付けられており,オリンパス社と従業員との間で,本件配転命令前の部署でキャリア形成を図ることが合意されていた,(2)公益通報者保護法第5条は,公益通報したことを理由とする不利益な取扱いを禁止している,(3)本件配転命令は,業務上の必要性がなく,オリンパス社コンプライアンス室に申告するなどの行動を制限し無化することを意図,動機する不当なものであり,従業員に著しい不利益を与えるものである,等を主張しました。
しかし,裁判所は,上記(1)の合意の存在を否定するとともに,上記(2)については,本件においては公益通報者保護法にいう「通報対象事実」に該当する通報があったことは認められない,上記(3)についても,業務上の必要性は否定できず,従業員の主張するような意図,動機があったことは推認できない,従業員の受ける不利益はわずかなものであるとし,結論として,従業員の請求を全て棄却しました(東京地裁平成22年1月15日判決)。
そこで,従業員側が控訴したところ,控訴審においては,本件配転命令が,従業員の内部通報がオリンパス社が設定していたコンプライアンスヘルプライン運用規定(以下,「ヘルプライン運用規定」といいます。)に従い取り扱われる正当なものであるにもかかわらず,これを問題視したうえ,業務上の必要性とは無関係に,主として個人的な感情に基づき,いわば制裁的に行ったものと推認し,通報による不利益取扱いを禁止したヘルプライン運用規定にも反する等とし,結論として,第一審とは逆に,本件配転命令は人事権の濫用であり,従業員はこれを拒絶できると判断し,損害賠償についても一部認容しました(東京高裁平成23年8月31日判決)。
第一審と控訴審の結論の違いは,従業員の内部通報から本件配転命令に至る経緯にかかる事実認定の違いによるものが大きいと考えられますが,これに加え,控訴審においては,上記のとおり,オリンパス社が,自ら設定したヘルプライン運用規定(秘密保持,不利益取扱いの禁止)に違反していると評価していることによるものであると考えられます。
すなわち,第一審判決は,従業員の請求を棄却する根拠として,従業員の内部通報が公益通報者保護法によって保護される「通報対象事実」に該当する事実ではないことを理由の一つとしていますが,控訴審判決は,本件配転命令の動機が不当であることだけでなく,コンプライアンス運用規定に違反していることも重視して,従業員の請求を認めているのです。
企業において内部通報制度を構築する際,内部通報として受け付ける事実について,企業倫理違反に関する事実など,公益通報者保護法における通報対象事項(一定の法律違反に関する事実)より広げた内容とする場合が多く見られます。
控訴審の判断は,企業が,上記のような内部通報制度を構築した場合には,自らが設定した制度に従うことは当然であり,これに違反した場合には,不利益取扱いが無効とされ,損害賠償責任を負うことがあることを示した事例として重要な意義を持つとされています。
本件については,現在,オリンパス側において上告がなされていますが,企業におかれても,各企業の内部通報制度を今一度ご確認される必要があるのではないでしょうか。
当事務所は,複数の企業等における内部通報制度の外部窓口となっており,内部通報制度をはじめとする内部統制システムの構築においても経験を有しておりますので,ご質問やご相談がありましたら,お気軽にご連絡いただければ幸いです。