第102回 採用内定の取消
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- 採用内定の取消の法的性質
(1) 一般に,企業の従業員の採用においては,学生が,企業の募集に対して応募し,採用試験を経た上で,採用内定通知書が送付され,学生側の誓約書の提出,健康診断等の過程を経て,入社日において,辞令を交付するといった過程をとっています。中途採用の場合も,このような過程が省略されつつ行われる場合もあります。
ただし,企業側の経営状況の悪化や採用内定後に内定者に明らかになった事情等により,一旦出された採用内定が取り消される場合もあり,景気の悪化も相俟って,その数は決して少なくありません。
採用内定の取消がなされると,新規学卒者であれば,企業の採用活動が事実上一定の期間内で集中的に行われており,かつ,採用内定後,実際の就労までに長期間空くため,採用が内定した後に就職活動を中止した新規学卒者としては,新しい就職先を確保することも困難となり,著しい不利益を受けることになります。また,中途採用の場合も,採用内定後に他の企業への就職活動を取りやめている場合が多いと思われますし,実際上,中途採用は新卒採用に比べて採用人数が少ないことが多いことから,やはり不利益は大きいと思われます。
そこで,企業側の採用内定の取消がどのような場合に認められるかが問題となります。
(2) 採用内定の法的な性質については,諸説あり,単なる予約と捉え,内定の破棄は,予約不履行に基づく損害賠償責任を発生させるのみとする見解等もありますが,最高裁は,以下のとおり,採用内定を始期付解約権留保付労働契約と捉え,一応,労働者の応募と事業者の内定通知により,労働者と事業主との間に労働契約が成立するが,採用内定取消事由が発生すれば解約が可能であるとしました(最判S54.7.20大日本印刷事件判決,最判S55.5.30電々公社採用内定取消事件)。
- 採用内定の取消の適法性
では,採用内定が始期付解約権留保付労働契約であるとして,留保解約権の行使がいかなる場合に認められるかが問題となります。
留保解約権の行使事由については,採用内定企業の採用内定通知書や採用内定者の誓約書等に記載されることが多いですが,これらに記載されているからといって,いかなる解約権行使も許されるわけではありません。
上記の大日本印刷事件判決においては,採用内定の取消について,試用期間中の労働者の採用の最終決定にあたって解約権留保をつける場合と同様,採用内定者についても解約権を留保することに合理性があるとしつつ,一般的に雇用契約の締結に際しては使用者が個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることにも配慮し,留保解約権の行使は,「採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許される」と限定しています。
また,逆に解約事由の記載が不十分な事案についても,上記のような事由があれば,採用内定通知書等に記載が無くても,留保解約権の行使ができるとされています(最判S55.5.30電々公社採用内定取消事件)。
- 行政指導の強化
採用内定の取消の適法性については,上記2で記載した考え方によることになりますが,さらに,厚生労働省は,採用内定の取消の事例が増加しつつあることから,行政指導を強化し,以下のような対応を行っています。
(1) 職業安定法施行規則の改正厚生労働省は,採用内定の取消に対する行政指導を強化するために,平成21年に職業安定法施行規則を改正し,(1)ハローワークによる内定取消事案の一元的把握,(2)事業主がハローワーク等に通知すべき事項の明確化を図るとともに,(3)採用内定の取消の内容が厚生労働大臣の定める以下の場合にはその内容を公表することができることにしました(厚生労働省告示第五号)。
ア 2年度以上連続して行われたもの
イ 同一年度内において10名以上の者に対して行われたもの
ウ 生産量その他事業活動を示す最近の指標,雇用者数その他雇用量を示す最近の指標等にかんがみ,事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに行われたもの
エ 次のいずれかに該当する事実が確認されたもの
・内定取消の対象となった新規学卒者に対して,内定取消を行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき・内定取消の対象となった新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき(2) 厚生労働省の指針ア 厚生労働省は,「新規学校卒業者の採用に関する指針」(平成5年6月24日付労働省発職第134号)を改正し,採用内定の取消を防止すべく,採用内定の取消に関する適切な対応の必要性について啓発指導を行うこと等を規定しました。http://kumamoto-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/library/kumamoto-roudoukyoku/osirase/osirase36.pdf
イ また,厚生労働省は,「青少年の雇用機会の確保等に関して事業主が適切に対処するための指針」(平成19年厚生労働省告示第275号)について,やむを得ない事情により採用内定取消しの対象となった学校等の新規卒業予定者の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに,これらの者からの補償等の要求には誠意を持って対応するものとすることを求める規定等を追加しています。
- 最後に
上記3において記載した厚生労働省の姿勢からも,企業が,採用内定時,さらにはその取消時に慎重に対応が要求されることは明らかです。企業としても,慎重さを欠いた採用内定の取消により,学生の信用を失い,また,経営状況についての取引先からの信用を失いかねないことに十分に留意すべきです。Share
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