第112回 時間外手当に関する一事例
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未払残業代等の時間外手当の請求は,タイムカードなど時間外労働についての客観的証拠が比較的明確であること,企業によってはサービス残業が恒常的になされており請求金額がまとまった金額となることが多いから,退職した従業員が弁護士に委任し元の会社を相手に訴えを提起する例が増加しています。
時間外手当の請求に対しては,昼間は喫煙に頻繁に行くなどさぼってばかりいて夜になると決まって残業しており無駄な残業だ,夜に会社に残っているが私的にパソコンを見ているだけで仕事はしていない,家庭内が不仲で家に帰りづらいから会社に残っているだけだなど,会社側にも様々な言い分があることが一般的です。しかしながら,このような会社側の言い分に対しては,裁判所から会社側に厳しい判断をなされているのが現状です。今回のコラムは,東京地方裁判所平成24年1月27日判決を取り上げ,この判決に示された裁判所の判断をご紹介したいと思います。以下,会社側の言い分を述べ,これに対する裁判所の判断という形で判決を紹介します。
なお,時間外手当に関する論点は多岐にわたっていますので,別の機会で他の論点に関する裁判例を取り上げたいと思います。
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原告(元従業員)の業務内容は主に取引先への送金作業,従業員給与の振込等であり,その内容および量の点で,残業を要するものではなく,所定就業時間終了後に社内にいるのは不要な居残りである。
タイムカードの記載のうち手書きで記入された部分については客観的かつ正確な出退勤時間とみなすことはできない。
⇒ タイムカードに打刻や手書きの記入のある所定労働時間外の時間や休日の一部については原告が業務に従事していた客観的な裏付けがあると認められることや,稟議書に係る業務(注:稟議書全てについて内容をチェックし承認したうえ,本国会社の承認を得る業務であり,当初,原告はこの業務を行っていたが途中からこの業務はやらなくて良いこととされた)がなくなった平成22年4月からは当該業務量の減少に呼応するようにしてタイムカードにおける退社時刻が早まっていることも併せ考えると,タイムカードに打刻および記入のある所定労働時間外の時間や休日の時間において,原告は被告(会社)の業務に従事していたものと推認するのが相当である。
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就業規則上,時間外労働および休日労働には上長の承認が必要とされているが,原告は同承認を一切受けておらず,当該労働に係る時間外手当および休日勤務手当の請求の基礎を欠く。
⇒ 被告は原告を管理監督者(労働基準法41条2号)であると考えていたことにより原告の時間外労働および休日労働について格別の上長の承認手続を経ることを想定しておらず,かえって原告のタイムカードの被告における管理状況(注:原告は原則として毎日出勤時および退勤時にタイムカードに打刻し,打刻を忘れた場合や打刻が読みづらい場合は原告自ら又は被告の人事担当者が手書きで時刻を記入していた。また,タイムカードは被告の人事担当者が管理し,給与明細一覧表を作成するに際しタイムカードの一部について原告の出勤日数を休日出勤を含め当該タイムカードの右下に記入していた)からすれば,被告は,当該承認手続を経ることなく原告の時間外労働および休日労働を認識・認容しつつ,これを承認していたものと認めるのが相当である。
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社会通念上始業時刻(注:午前9時30分)前の自主的な出勤に関しては,特別の上長の承認がない限り時間外労働とみなされるべきではない。
⇒ もっとも,タイムカードに打刻等のある時間のうち,平日における所定の始業時刻前の時間(いわゆる早出残業)については,社会通念上,始業時刻前に出社すべき特段の必要性ないしその旨の業務上の指示がない限り,時間外労働と認めるべきではない。原告の始業時刻前の出社は,特に具体的な指示に基づくことなく,日々の業務の流れを見ながら自身の判断で行っていたものと認められる上,出社時間も一定ではないことから,その特段の必要性も認められないというべきであるから,原告の始業時刻前の出社は,これを時間外労働時間と認めることはできない。
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原告は被告における管理職すなわち労働基準法41条2号の管理監督者に該当し,原告に時間外手当および休日勤務手当は発生しない。
⇒ 労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」とは,労働条件の決定その他労務管理等について経営者と一体の立場にある者をいい,管理監督者か否かは,名称にとらわれず,実態に即して判断すべきである。そして,管理監督者と認められるためには(1)職務内容が,少なくともある部門全体の統括的な立場にあり,部下に対する労務管理上の決定のその他の事業経営上の重要事項につき一定の裁量権を有していること,(2)自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること,(3)一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金上の処遇を受けていることが必要であると解される。
原告は部下の採否にかかわる権限や人事考課,賃金査定にかかわる独自の権限を有していなかったと認められることや,被告が原告の業務について主に取引先への送金作業,従業員給与の振込等でありその内容および量の点で残業を要するものではない旨主張していることによれば原告が部下に対する労務管理上の決定その他の事業経営上の重要事項につき一定の裁量権を有してはいなかったと認めるのが相当である。次に,原被告間の労働契約においても所定就業時間が定められ被告により所定時間外労働や休日労働をさせられることがある旨が定められており,原告の実際の出退社時刻についても半休取得時等特段の事情のない限り当該所定就業時間を守っていると認められること,就業規則上原告も欠勤したときはその日数分または時間分について賃金の減額支給がされる旨規定されていると認められることから,被告において出退社時刻について厳格な制限を受けていなかったものとは認められず,かえって,所定就業時間に拘束されていたものと認めるのが相当である。また,原告の月額基本給は,代表取締役を含む三氏に継ぐ比較的高額なものであることが認められるが,他方において賞与やその他の手当てがないことからすると,職務内容名労働時間の各側面において原告の管理監督者該当性を基礎づけることができない本件では,賃金上の処遇のみによって原告の管理監督者該当性を認めることはできない。