改正民法と交通事故実務
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1 はじめに
民法の債権法分野が改正され昨年4月1日から施行されました。事故後の症状固定までの期間や任意交渉の期間もあり,昨年末あたりから施行日以降に発生した交通事故に基づく損害賠償請求訴訟をすることが多くなってきましたので,裁判での改正法上の注意点をまとめたいと思います。
2 遅延損害金の利率
遅延損害金の利率は法定利率によりますが(民法419条),法定利率は施行当初は3%,それ以降は3年毎に市中金利の動向を斟酌して変動するものとなりました(民法404条)。もともと5%の固定金利でしたがこのように変更されたものです。
不法行為に基づく損害賠償請求権は不法行為のときに遅滞に陥るものと考えられていますので,交通事故の日から支払済みまで年3%の遅延損害金の支払を求めること,従って少し減額されることになりました。
3 逸失利益の算出
交通事故による将来の減収による損害を逸失利益といいます。損害賠償の支払は本来数年から数十年後の将来に得られる収入を,先にまとめて得られる効果を持つことになり,そうなると,支払を受けた金額に対する利息相当額はもらい過ぎということになってしまいます。
これを調整するのが中間利息の控除という考え方で,控除すべき利息は法定利率である5%で算出されていました。上記2のとおり法定利率が当初3%と変更されましたので,3%で算出されることになりました(なお,中間利息の控除は,損害賠償請求権が発生した時点の法定利率(民法417条の2)に基づいて算定されますので,法定利率が事後的に変更されたとしても逸失利益の額は影響を受けません)。
実務上,将来得られる利益を現在価値に直す際にはライプニッツ係数という係数が用いられており,後遺障害が残存したことによる逸失利益は,
(基礎収入額)×(労働能力喪失率)×(労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数)
という算式で算出されます。
仮に,労働能力喪失期間を20年間とした場合,5%のライプニッツ係数は「12.4622」,3%のライプニッツ係数は「14.8775」となりますので,基礎収入額700万円,労働能力喪失率35%とすると,改正前は3053万2390円だったものが3644万9875円と結構増額されることになりました。
4 相殺
改正前は,不法行為に基づく損害賠償債務の債務者(加害者)がこの債権を受働債権として相殺することが一律禁止されていましたが,①悪意による不法行為に基づく損害賠償債務,②人の生命又は身体の侵害による損害賠償債務の債務者(加害者)がこの債権を受働債権として相殺する場合のみ相殺が禁止されることになりました。
これまで交通事故に基づく損害賠償請求訴訟で,双方が被害者(加害者)の関係にあるときに,先に訴えられた者がその訴訟の中で自分が被った損害について相殺を主張することはできず反訴を提起しなければなりませんでした。物損についてのみではありますが,わざわざ反訴を提起しなくても相殺を主張できることになりました。
5 消滅時効
改正前は,不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は「損害及び加害者を知ったときから3年間」でしたが,このうち人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権について「5年間」に延長されました(民法724条の2)。したがって,物損と人身損害とで消滅時効の期限が異なることになりました。
なお,上記2~4は,施行日である2020年4月1日以降に発生した交通事故に適用されますが,消滅時効期間については施行日時点で消滅時効が完成していない請求権に適用されるため,2017年4月1日以降に発生した交通事故に基づく人身損害についての損害賠償請求権の消滅時効の期間が5年間に延長されることになっています。