第132回 懲戒解雇等の場合の退職金の支給制限
執筆者
- 従業員に対する懲戒処分
会社等の企業の従業員(労働者)を懲戒解雇等の懲戒処分に付した場合,企業によっては,就業規則等により,退職金の全部または一部を不支給にしているケースがあります。
一般に,企業は,企業秩序を定立し維持する権限を有し,企業秩序を維持確保するため,これに必要な諸事項を規則をもって一般的に定め,あるいは具体的に労働者に指示,命令することができ,また,この規則または具体的な指示,命令に違反する行為があった場合には,規則の定めるところに従い,懲戒権を行使することができると考えられており,当然のことながら,懲戒処分を行った場合には,それ自体の適法性を検討する必要があります。
- 退職金の支給制限の定め
ただし,懲戒処分それ自体が適法であったとしても,就業規則等に基づき,懲戒処分を受けた従業員に対する退職金の支給を制限することが適法であるとは限らず,別途の考慮が必要です。
(1) 退職金の法的性質退職金制度は,優秀な人材確保,ひいては,企業の発展といった目的のために,多くの企業において設けられていますが,その性質については,賃金の後払的性質のもの,在職時の功労報償的な性質のもの等様々です。そして,支給するか否かは,もっぱら使用者の裁量に委ねられているものであって,賃金には含まれない性質のものである以上,本来は,退職金制度を設けるか否かは企業の自由と考えられています。
そのように考えれば,設計するか否かが自由である以上,その設計内容も自由ということになりそうです。
しかし,判例上,労働契約,就業規則,労働契約などで,支給基準等が明確に定められていて,使用者に支払義務があるものは,賃金と認められると考えており(最判昭和43年5月28日。昭和22年9月13日発基第17号),退職金の制度設計のあり方が自由とは一概にはいえません。
(2) 懲戒処分では,懲戒解雇等の場合に,退職金の全部または一部を不支給とすることは,就業規則等に規定されていれば可能なのでしょうか。
この点につき,裁判例においては,電鉄会社の従業員が他社の電車内で痴漢行為をし,逮捕・略式起訴された(降格処分等を受けた)後,半年後に再び痴漢行為を行い,逮捕・正式起訴され,執行猶予付きの懲役刑の有罪判決を受けたため,当該電鉄会社が,懲戒解雇し,退職金を不支給とした事案について,以下のとおり判示して,結論としては,3割の支給を命じました。
「・・・上記のような退職金の支給制限規定は,一方で,退職金が功労報償的な性格を有することに由来するものである。しかし,他方,退職金は,賃金の後払い的な性格を有し,従業員の退職後の生活保障という意味合いをも有するものである。ことに,本件のように,退職金支給規則に基づき,給与及び勤続年数を基準として,支給条件が明確に規定されている場合には,その退職金は,賃金の後払い的な意味合いが強い。
そして,その場合,従業員は,そのような退職金の受給を見込んで,それを前提にローンによる住宅の取得等の生活設計を立てている場合も多いと考えられる。それは必ずしも不合理な期待とはいえないのであるから,そのような期待を剥奪するには,相当の合理的理由が必要とされる。そのような事情がない場合には,懲戒解雇の場合であっても,本件条項は全面的に適用されないというべきである。
そうすると,このような賃金の後払い的要素の強い退職金について,その退職金全額を不支給とするには,それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。ことに,それが,業務上の横領や背任など,会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には,それが会社の名誉信用を著しく害し,会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど,上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要であると解される。
このような事情がないにもかかわらず,会社と直接関係のない非違行為を理由に,退職金の全額を不支給とすることは,経済的にみて過酷な処分というべきであり,不利益処分一般に要求される比例原則にも反すると考えられる。」(東京高判平成15年12月11日 ※下線筆者)
(3) 上記の通り,企業においては,懲戒解雇の適法性については,問題意識をもって議論がされていますが,懲戒解雇自体が適法であっても,就業規則等で,退職金の全部または一部の不支給の規定が当然に適用し得るとは限らず,上記裁判例の趣旨に沿って,その適法性を検討することが必要と思われます。
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