企業に求められるSDGs達成のための人権デュー・デリジェンスとは?
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1 はじめに
最近では、ラルフローレンが、ペットボトルをリサイクルしたポロシャツ(アースポロ)を販売し、ユニクロが、世界中でクローゼットに眠るユニクロのダウン商品を回収して最新のアイテムにリユースし、ナイキやGAPが、数年以内に全ての綿製品をオーガニックコットンに切り替えるなど、各ファッションブランドがサステナビリティの取組みを行っています。2020年12月に、アシックスが、ファッション産業の環境負荷軽減に向けた国際的な枠組みである「ファッション協定(THE FASHION PACT)」に、日本企業として初めて加盟を発表したことも記憶に新しいところです。
また、法廷弁護士のアマル・クルーニー氏(ジョージ・クルーニーの妻)や、メーガン妃までが「プレラブド」(古着やヴィンテージ商品)をオフィシャルなシーンで着こなしており、サステナビリティというトレンドを表現しています。
ファッション・アパレル業界は、実に、環境汚染産業2位の位置にあり、産業全体の10%のCO2を排出する産業であることから、これまでも危機感を持ってサステナビリティ活動に取り組んできたといえます。
ファッション・アパレル業界だけではなく、サステナビリティの傾向は増すばかりです。日常生活を見渡しても、コンビニでは、袋が有料になり、スターバックスでは、ストローの使用を最小限に抑えています。気付けば、我々は、SDGs(Sustainable Development Goals 2015年9月に国連サミットで採択された持続可能な開発目標)の世界に囲まれ、我々の意識自体も変わっていこうとしています。
2 エシカル消費(消費者目線)とESG投資(投資家目線)
⑴ エシカル消費(消費者目線)
こうして、我々自身、つまり消費者自身の意識が変わり、消費者は、益々、サステナビリティな商品、エシカルな商品(人や社会・環境に配慮した商品)を求め、選択していきます。
消費者それぞれが各自にとっての社会的課題の解決を考慮し、そうした課題に取り組む事業者を応援しながら消費活動を行うことを「エシカル消費」と呼びます。
消費者庁では、2015年5月から2年間にわたり「倫理的消費」調査研究会を開催し、エシカル消費の普及に向けて幅広い調査や議論を行い、普及・啓発の取組を実施しています。消費者庁のウェブサイトでは、エシカル消費の啓発資材として、リーフレットや動画が公開されており、直近では、2021年3月に、「エシカル消費 指導者向け解説書」が制作されています(*)。
*消費者庁の公表するエシカル消費のリーフレットや動画等
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_education/public_awareness/ethical/material/
⑵ ESG投資(投資家目線)
また、世界全体でみますと、ESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資)の額は、2500兆円を超えており、実に、日本の1年間の国家予算の25倍もの額が、持続可能な世界や社会に貢献する企業に投資されています。
エシカルでない企業は、消費者だけでなく、投資家からも評価を下げ、かかるESG投資のチャンスを失うと考えられます。
3 人権デュー・デリジェンスとは?
⑴ ビジネスと人権
このように、今、企業自体が、将来的に持続していくためには、SDGs達成に向けた活動が欠かせませんが、SDGs達成のための具体的な活動としては、①環境配慮の取組みだけでなく、②人権配慮の取組みが重要です。
⑵ 潮流
- 指導原則ビジネスと人権に関する潮流として、SDGsが採択される4年前、2011年6月に、国連人権理事会が、 国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」といいます。)を、全会一致で承認しました(*)。
*ビジネスと人権に関する指導原則
https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/指導原則は、①人権を保護する国家の義務、②人権を尊重する企業の責任、③救済へのアクセスを3本柱とし、企業に対し、企業が引き起こしている人権侵害への対応を求めています。そして、指導原則において、「人権デュー・デリジェンス」という用語が使用されました。
デュー・デリジェンスの本来の意味は、「(負の影響を回避・軽減するために)その立場に相当な注意を払う行為又は努力」といった意味ですが、指導原則では、この「デュー・デリジェンス」は、「企業の役職員がその立場に相当な注意を払うための意思決定や管理の仕組みやプログラム」であり、経営責任の有無の判断基準を提供することにあるとされています。
すなわち、「人権デュー・デリジェンス」とは、「人権リスクに関する内部統制」であると解されています(「人権デュー・デリジェンスのためのガイダンス(手引き)」(日本弁護士連合会)2頁、26頁)。経営陣には、指導原則に対するコミットメント(人権方針)を表明し、サプライチェーン・バリューチェーン全体を通じた企業活動による人権侵害のリスクを特定し、予防・軽減し、苦情処理メカニズムを通じて救済するという継続的なプロセスが求められたのです。
- 人権デュー・デリジェンスのためのガイダンス(手引き)指導原則を受け、2015年1月の時点で、日弁連は、上記「人権デュー・デリジェンスのためのガイダンス(手引き)」( opinion_150107_2.pdf (nichibenren.or.jp )を公表しました。
同手引きは、日本の企業が国内外の経営管理として、どのようにして指導原則に従って人権課題に取り組み、企業の事業活動および法令コンプライアンス実務に統合させるかについて、企業向けならびに弁護士が企業への助言等を行う際の手引きとして作成されており、指導原則の内容や実践方法について詳細に解説されています。特に、サプライヤー契約における「CSR条項」に関してそのモデル条項が提唱されており、その法的論点に関して解説がなされていますので、実務家にとって非常に参考になります。
- 日本型NAP指導原則の承認後、諸外国において、国別行動計画(NAP)が策定されてきましたが、日本においても、ようやく、2020年10月に「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)が策定されました。
同行動計画では、具体的な行動計画として、①労働(ディーセント・ワークの促進・ハラスメント対策等)、②子どもの権利保護、③新しい技術の発展に伴う人権(AI倫理・プライバシー保護等)、④消費者の権利・役割(エシカル消費の推進等)、⑤法の下の平等(障害者・性的指向への理解等)、⑥外国人の受入れ・共生を6本の柱にしています。同行動計画もソフト・ローとはいえ、第3章において、政府から企業への期待表明が明記されており、具体的には、①人権デュー・デリジェンスのプロセスを導入すること、②サプライチェーンにおけるものを含むステークホルダーとの対話を行うこと、③効果的な苦情処理の仕組みを通じて、問題解決を図ることが期待されています。ソフト・ローだとして軽視し、企業が人権課題に関心を払わずに人権リスクを放置すると、様々なリスクが生じ得ます。具体的には、訴訟や行政罰等の法務リスク、ストライキや人材流出等のオペレーショナルリスク、不買運動等のレピュテーションリスク、株価低下やダイベストメント(投資の引揚げ)といった財務リスク等が考えられます。
⑶ 人権デュー・デリジェンスの実践
上記行動計画が策定された以上、企業としては、ますます、人権デュー・デリジェンスの実践が急務となったといえます。
それでは、具体的に、企業としては、どのように人権デュー・デリジェンスを取り入れていくべきでしょうか。日本企業においても、2015年頃から、日本を代表する各大企業がリードして、自社のガイドラインを策定し、人権デュー・デリジェンスのルールを宣言してきましたが、指導原則や行動計画に鑑み、少なくとも、以下の6項目のプロセスが必要であると考えます。
- Commitment(表明)・人権方針の策定と表明
・周知徹底 - Assessment(評価)・人権リスクの特定とその評価
- Act(行動)・人権研修
・社内制度(人事、評価、働き方等)の変更
・社内環境の改善(バリアフリー設備の導入等)
・サプライチェーンの管理、見える化(サプライヤー行動規範・調達ガイドラインの策定)
・サプライチェーン契約をはじめ、各種ビジネス契約における、人権デュー・デリジェンス規定の策定 - Monitoring(モニタリング)・定期的な従業員・取引先アンケートの実施
・従業員の勤務状況の把握
・労働組合との意見交換 - Report(報告)・人権に関する取組みについて、定期的に情報開示(人権報告書)
- Remedy(救済措置)・社内向けホットラインの設置
・サプライヤー向けホットラインの設置
・お客様相談室の設置
4 さいごに
SDGs宣言がスタートしてからすでに5年が経過しましたが、2030年のゴールに向けて、これからの10年間は、あらゆるビジネスシーンで、益々SDGsの実践が問われていくと考えられます。環境配慮が問われ、人権デュー・デリジェンスが問われていきます。人権デュー・デリジェンスの実施等について、ご関心がおありでしたら、お気軽にお問合せください。