第134回 とりあえず遺言と予備的遺言
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最近,遺言書作成に関するご相談をお受けすることが多くなってきたように感じます。
遺言書作成に関する基本的な知識については,既に第28回コラム「遺言の基礎知識」(執筆者:林智子弁護士)でご紹介していますので,今回は遺言の応用編である,(1)とりあえず遺言,そして,(2)予備的遺言について,ご紹介しようと思います。
- とりあえず遺言
居酒屋に入ると,開口一番,「とりあえずビールで!」という経験は,皆さんおありかと思います。
遺言の世界でも,これと似たようなものがあります。それが「とりあえず遺言」です。
遺言の確実性を重視する,また,家庭裁判所における検認が不要である等の理由により,公証役場で公正証書遺言を作成される方が多いかと思いますが,公正証書遺言を作成する場合,公証役場との内容調整などで,少なくとも数日の時間がかかります。
しかし,不吉な話ですが,人生,なにが起こるかわかりません。
そこで,とりあえず,自筆証書遺言を作成しておけば,万が一,遺言者に不幸が訪れた場合にも,遺言で定めた意思を実現することができます。この遺言を「とりあえず遺言」といいます。そして,その後,同じ財産についての公正証書遺言が出来上がったときには,日付の古い自筆証書遺言は無効となり,新しい公正証書遺言が有効となります。
「とりあえず遺言」の作成は簡単です。遺言者本人が,(1)書きたい遺言内容の全文,(2)日付,(3)氏名を自筆で紙に書き,(4)押印する,だけなので,ものの5分もあれば十分です。
現にこの「とりあえず遺言」で,救われた方もいらっしゃいます。遺言書を作って,大事な人に自分の財産を遺してあげたい,という思いに至った場合には,居酒屋に行ってとりあえずビールを注文する前に,「とりあえず遺言」を作成することをお勧めします。
- 予備的遺言
たとえば,次のような例があります。
お子さんがいらっしゃらないご夫婦で,旦那さんの推定相続人(法律上相続人であろうと推定される人)としては,長年連れ添った奥さんと,20年以上もの間,連絡を取っていない弟の2人の相続人がいました。また,ご夫婦の隣の家には,親族ではありませんが,ご夫婦の面倒を非常によく見てくれる,ご夫婦より一回り若いAさんが住んでいました。
このような例で,旦那さんは,自分に万が一のことがあった場合には,疎遠になっている弟ではなく,まずは愛すべき奥さんに,また,仮に奥さんが旦那さんより先に亡くなった場合には,よく面倒を見てくれた隣人のAさんに,自分の財産を譲りたいと考えていました。
このような場合に,旦那さんとしては,財産のすべてを奥さんに相続させるという遺言を作成するだけでなく,仮に奥さんが旦那さんと同時に,もしくは先に亡くなったら,奥さんへ相続させるとした財産を隣人Aさんへ相続させるとした予備的遺言を加えることが考えられます。
【予備的遺言の具体例】
第○条 遺言者●●(旦那さん)は,遺言者の有する一切の財産を,妻●●(昭和○年○月○日生)に相続させる。
第○条 遺言者は,遺言者の死亡以前に妻●●が死亡したときは,遺言者の有する一切の財産を,A(昭和△年△月△日生)に相続させる。⇒《予備的遺言》民法994条では,「遺贈は,遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは,その効力を生じない。」と規定されています。また,遺産分割の方法を指定する「相続させる」旨の遺言においても,判例では,推定相続人が遺言者より先に亡くなった場合,その推定相続人の代襲者やその他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情がない限り遺言の効力を否定しています(最判平成23年2月22日)。
上記例の場合,もし予備的遺言を加えておらず,奥さんが旦那さんより先に亡くなってしまったら,旦那さんの財産を単独相続する人(奥さん)がいなくなるので,その遺言はなかったことと同じになってしまい,結果として,旦那さんの意思に反し,疎遠になっている弟が旦那さんの財産を相続することになってしまいます。そこで,旦那さんとしては,奥さんが先に亡くなった場合に備えて予備的遺言を加えておき,Aさんに財産を残すように備えておくべきです。
遠距離恋愛に失敗した人が,皮肉を込めて「遠くの恋人より近くの他人」ということがあるようですが,上記例においては,旦那さんの真意は,正に「遠くの弟より近くの他人」といえるので,このような旦那さんの真意を実現するために,予備的遺言の大切さをご理解いただけたのではないでしょうか。
このように,遺言書の作成は簡単なようで,実は奥が深いものです。
遺言書の作成に興味をもたれた方は,ご遠慮なく当事務所までご相談ください。