第142回 自転車で交通事故を起こした少年の保護者に高額の賠償が認められた例
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本年(平成25年)7月4日、神戸地方裁判所において、Yの小学生5年生の息子Zの運転する自転車が歩行中のX1と正面衝突しX1が植物状態なるという重い障害を負った事故に関し、Zの唯一の親権者である母親Yに,X1に対し約3,500万円の、X1との保険契約(人身傷害補償保険)に基づきX1に対して保険金を支払って損害賠償請求権を代位取得した保険会社X2に対し約6,000万円の支払義務を認める判決がなされました。
本件は、当時小学5年生の子どもが運転する自転車の交通事故であること、にもかかわらずその母親に高額の損害賠償金が認められたことで、新聞紙上等で報道され、世間の注目を受けました。そこで、本コラムでは、判決を概観し、裁判所の判断を見たいと思います。
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まず、未成年者の行為に対する両親の責任について、民法第712条は、責任能力のない未成年者が他人に侵害を加えた場合にはその未成年者は損害賠償責任を負わないと規定し、同法第714条第1項は、同法712条によって未成年者が損害賠償責任を負わない場合にその未成年者の監督義務者が損害賠償責任を負わなければならないと規定しています。
ここで責任能力とは、不法行為法上の責任を判断することのできる知能を言い、判例では12歳程度が目安になるとされています。もっとも、12歳というのはあくまで目安に過ぎませんから、12歳2か月の子で責任能力が否定された例(大判大6.4.30)や逆に11歳11か月の子で責任能力が肯定された例(大判大4.5.12)があります。
本件ではZは小学5年生の11歳であり、責任無能力者であると判断されました。
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では、どのような場合であれ責任無能力者である未成年の子どもの両親が責任を負わなければならないかというと、そうではなく、同法第714条第1項但書は、監督義務者がその義務を怠らなかった場合には損害賠償責任を負わないとし、監督義務者が責任を免れることができる場合があることが規定されています。
しかしながら、この監督義務については、不法行為がなされた具体的状況の下で結果の発生を回避するために必要とされる監督行為をなすべき義務というだけでは足りず、責任無能力者の生活全般についてその身上を看護し教育をすべき義務を言うと考えられています。本件に則して言えば、母親Yは事故の現場にはおらずその意味でZの自転車の運転に関して注意できる状況にはなかったので具体的状況の下で監督義務を尽くすことができなかったから損害賠償責任は負わないんだということを主張立証してもだめで、日ごろからZに対し自転車の走行方法に関して事故を起こさないようにしっかりと指導していたことを主張し、これが立証されなければならないことになります。
そのため、一般的に、監督義務を尽くしたとの立証は非常に難しいとされており、本件でもYはZに対し日常的に自転車の走行方法について指導するなど監督義務を果たしていたと主張しましたが、事故に至った走行態様に問題があり注意義務違反の程度も大きいこと(夜間、暗い道で<もっとも、ライトは点灯していた>、相当程度勾配のある道路<6.7/100>を時速20〜30キロという速い速度で走行し、前から歩いてきていたX1に、その距離が10.3メートルの距離になるまで気が付かず、そのまま正面衝突した)、ヘルメットの着用を指導していたと言いながらも事故当時Zはヘルメットの着用を忘れていることから、YがZに対して自転車の運転に関する十分な指導や注意をしていたとは言えず監督義務を果たしていなかったことは明らかであると判断しました。
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次に、損害に関しては、治療費や休業損害など個別の損害を積算して算出されるところ、本件では、X1の損害として、治療費、慰謝料、逸失利益、将来の介護費用など合計約9,800万円の損害を認定し、障害基礎年金の一部を控除したうえ、Yに約3,500万円の、X1との保険契約(人身傷害補償保険)に基づきX1に対して保険金を支払って損害賠償請求権を代位取得した保険会社X2に対し約6,000万円の支払義務を認めました。X1が植物状態という重い障害が残ったことからすると損害賠償額が高額になることもやむを得ないと考えられます。
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本件は、自転車の事故という安易に考えがちな事故が重大な事故になりうる可能性があることを思い知らされる事例だろうと思います。
本件では、自転車の事故であっても重い傷害を負わせることがあり、誰もが加害者になり得る可能性があることが教訓となるでしょう。
高額な賠償に対する備えとしての保険に関しては、自転車の事故に関する賠償責任保険(個人賠償責任保険)はあまり契約されていないのが現状で、現実にも、高額な賠償金を支払うことができず自己破産の申立に至ったという例もあるようです。他方で、被害者としては重い傷害を負ったにもかかわらず、加害者に資力がなく十分に損害を填補されないということが予測されます。このような事態に備えるものとして人身傷害補償保険があります(本件でも保険会社から約6,000万円の損害の填補が受けられています)。
自転車による重大事故に関し、事故を未然に防止するために、または、万一事故が起こったとしても重大な事故につながらないように、自転車の走行方法を再確認すること、高額な賠償金に対する備えとして、現在加入している保険が賠償に対応できるのか、その金額が十分か確認することが必要かと思います。