第145回 借用書の書き方
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猪瀬東京都知事が,民間団体から5,000万円を受け取ったとされる件で,猪瀬知事は,先日,個人的に借りたお金であると説明し,記者会見で「借用証」を公開しました。しかし,その「借用証」があまりにシンプルなこともあり,騒ぎは収まりそうにありません。では,この借用証,法的にどのような問題があるのでしょう。
借 用 証 ○○殿 平成○年○月○日 金 5,000万円 也 住 所 |
まず,冒頭のタイトルについて,一般には「借用書」と表記することが多いですが,借用したことの証(あかし)という意味で「借用証」でも問題ありません。
そして,金額欄には算用数字がサインペンで記載されていますが,改ざんされる恐れがありますのでお勧めできません。事前に貸借する金額が決まっているのであれば不動文字として予め印刷してしまうとか,漢数字を併用するなどして,改ざんされにくく工夫しましょう。
次に,金額以外に本文が何もない点はどうでしょうか。仮に,冒頭のタイトルが無かったとすると,この文書の意味は「領収書」や「預かり証」などとも解釈できます。しかしタイトルが「借用証」とされていますので,本文がなくとも金銭の貸借に関する書面であると言えます。そして,一般的な借用書では,(1)返済期日,(2)利息,(3)遅延損害金,(4)返済方法(現金渡しか振込か)などなど細々と定めますが,実はこれらはいずれも必須項目ではありません。何も定めがなければ,(1)は貸し主が相当の期間を定めた催告をし,その相当期間経過後が返済期日となりますし,商事関係がなければ(2)は無利息で(3)は年5%であり,(4)は現金を貸し主の住所地に持参,と民法で定められているからです。
では,借用証に,貸し主のサインも押印もない点は問題にならないでしょうか。少しややこしい話になりますが,金銭の貸借契約は,原則として実際に現金を交付した時に成立するとされており,本件も現金の交付と引き替えに「借用証」を書いて貸し主に渡すという方法をとっているようです。そうすると,契約が成立した時点で,貸し主がなすべきこと(お金を貸すこと)は既に終わっているため,契約成立後は借り主が義務を負う(お金を返す)だけの状態になります。したがって,一方的に義務を負う借り主のサインがあれば金銭消費貸借契約証書として不足は無いのです。
最後に,契約書につきものの印紙が貼られていません。法律上,5,000万円のお金を借りる証書には2万円の印紙を貼らなければなりません。これは,文書の作成者つまり借り主に貼付義務がありますので,これを怠っている点は問題ありと言わざるを得ないでしょう。しかし,印紙を貼っていないことは,契約の効力には何ら影響がありません。
以上のとおり,この借用証は,必要最小限の要素を全て盛り込んだ書面と言ってよいでしょう。もちろん,5,000万円という大金ですから,単なるサインだけでなく印鑑登録証明書とか実印押印を求めることが一般的ではありますが,これが無いからといって直ちに契約の効力が左右されるわけではないのです。
裏を返せば,法的な効力がないと思い込んで相手に交付した手書きの紙切れが,契約の証拠書類となりうる,ということにもご留意下さい。