公益通報者保護法の改正 ~内部通報制度の見直しにあたって~
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1 はじめに
労働者が、企業における不正行為等を当該企業、監督官庁または報道機関等に通報したことを理由として、解雇等の不利益な取扱いを受けることのないよう、制度的なルールを定めた公益通報者保護法が、令和2年6月8日、改正されました。改正公益通報者保護法は、令和4年6月1日に施行される予定のようです。
当事務所においても、多数のクライアント様の内部通報外部窓口として業務を行っていますが、今回のコラムでは、公益通報者保護法の改正の概要とポイント、改正に伴う企業の内部通報制度の見直しのポイントについて、お話ししたいと思います。
2 公益通報者保護法の改正の概要
今回の改正の概要は以下のとおりです(下線部については後述します。)。
⑴ 企業自らが不正を是正しやすくなるとともに、安心して通報を行いやすくするための改正
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- 事業者に対し、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備を義務付け(従業員300人以下の事業者は努力義務)。
→ 具体的な内容は後記3の「指針」を策定 - 実効性確保のために行政措置(助言、指導、勧告、公表)を導入。
- 内部調査等に従事する者に対し、通報者を特定させる情報の守秘を義務付け(罰則付き)
- 事業者に対し、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備を義務付け(従業員300人以下の事業者は努力義務)。
⑵ 行政機関等への通報を行いやすくするための改正
権限を有する行政機関や報道機関等への通報の条件を緩和。
⑶ 通報者がより保護されやすくするための改正
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- 保護される通報者の範囲を、これまでの「労働者」に、「退職者(退職後1年以内)」、「役員」を追加。
- 保護される通報の対象の拡大(刑事罰の対象に、行政罰の対象を追加)、保護の内容(通報に伴う損害賠償責任の免除)の新設。
3 公益通報者保護法の改正のポイント(内部通報の体制整備にかかる「指針」)
上記の改正の中でも、企業にとって重要となる内部通報に適切に対応するための必要な体制の義務付けの具体的内容については、令和3年8月20日に、指針が公表されており、その概要は以下のとおりです(下線部については後述します。)。
⑴ 内部通報制度に従事する従事者の定め
事業者は、内部通報受付窓口において受け付ける内部通報に関する対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して通報者を特定させる事項を伝達される者を、従事者として定めなければならず、従事者を定める際には、書面により指定するなど、従事者自身にこれを明らかとなる方法で定めなければならない。
⑵ 内部通報制度の整備その他必要な措置
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- 窓口・対応部署等の設置
- 組織の長その他幹部に関係する事案にかかる業務の独立性の確保
- 内部通報制度に関する業務の実施に関する措置(調査、是正措置、フォローアップ)
- 利益相反の排除(事案に関係する者の内部通報制度に関する業務からの排除
⑶ 公益通報者の保護に関する体制の整備に関する措置
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- 不利益な取扱いに関する措置(不利益取扱いの防止、把握、是正、責任追及)
- 秘密保持に関する措置(秘密保持違反・通報者探索の防止、是正、責任追及)
⑷ 内部通報制度を実効的に機能させるための措置
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- 労働者等に対する内部通報制度に関する教育・周知、内部通報制度の仕組みや不利益取扱いに関する質問・相談への対応
- 通報者への是正措置等の通知
- 通報に関する記録の保管、定期的な評価・点検・改善、運用実績の開示
- 内部規程の策定および運用
4 内部通報制度の見直しのポイント
⑴ 内部通報制度の見直しの必要性
上記の指針の具体的な解説や各種周知資料については、今後、開示される予定ですが、改正法の施行まで一年を切った現時点から、各企業で整備されている内部通報制度の見直しを着手することが必要だと思いますし、現時点で内部通報制度の整備に未着手である企業においては、早期に体制を構築することが重要です。
⑵ 内部通報制度の見直しのポイント①(現ガイドラインの活用)
内部通報制度の見直しや構築にあたっては、平成28年12月9日に消費者庁が公表した「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(以下「民間事業者向けガイドライン」といいます。)が非常に参考になります。
というのも、今回の法改正に伴い必要となる「指針」の内容の大部分が、民間事業者向けガイドラインにおいて言及されているからです。逆に言えば、各企業の現在の内部通報制度が、民間事業者向けガイドラインに沿って整備・運用されているのであれば、今回の法改正による体制整備の大部分には対応できていると考えて良いと思います。
⑶ 内部通報制度の見直しのポイント②(具体的な留意点)
上記のとおり、内部通報制度の見直しや構築にあたっては、まずは、各企業の現在の内部通報制度と民間事業者向けガイドラインを対照して足りない部分がないか確認し、足りない部分があればそれを整備する、というやり方が効率的だと考えます。
その中でも、今回の改正またはこれまで当事務所が対応してきた業務を踏まえ、特に留意するべき点は、以下のとおりであると思います(あくまで私見です)。
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- 内部通報制度の従事者の選定および教育
上記のとおり、改正法や指針においては、内部調査等に従事する者に対し、通報者を特定させる情報の守秘を義務付け、書面により任命するなどの方法で従事者を定めなければならないとされており、これらの事項は、従事者が重要な責務を担うことを意味します。この点、民間事業者向けガイドラインにおいても、「担当者の配置、育成等」(7p)として、「必要な能力、適性を有する担当者を配置するとともに、十分な教育・研修を行うことが必要である」、「担当者の意欲、士気を発揚する人事考課を行う等、・・・担当者の貢献を、積極的に評価することが適当である」と言及されていることが参考になりますし、これに加え、守秘義務に関する誓約書の提出を求めたりすることも考えられます。また、従事者の教育・研修にあたっては、単に制度の解説等にとどまらず、具体的な事案についてシミュレーションを行うなどの手法が効果的だと考えます。 - 通報対象者の拡大
上記のとおり、改正法においては、保護される通報者が、「労働者」から、「退職者(退職後1年以内)」「役員」に拡大されます。この点、当事務所が関与させていだいているクライアント企業様の内部通報制度においては、「退職者」「役員」を通報対象者としている企業様は、比較的少ない印象です。したがって、各企業の内部通報制度において、通報者の対象を拡大する必要がないか、あらためて確認することが相当です。 - 複数の内部通報制度ルートの設置
上記のとおり、改正法や指針においては、保護される通報者に「役員」が追加されたり(「役員」が通報者となるケースはトップの不祥事等が想定されます。)、組織の長その他幹部に関する事案にかかる業務の独立性の確保が求められます。この点、民間事業者向けガイドラインにおいても、「経営幹部から独立性を有する通報ルート」(5p)として、「通常の通報対応の仕組みのほか、例えば、社外取締役や監査役等への通報ルート等、経営幹部からも独立性を有する通報受付・調査是正の仕組みを整備することが適当である」と言及されています。これに加え、内部通報の外部窓口として法律事務所等に依頼する場合にも、外部窓口への通報に関する企業の報告先を、通常のルート(総務部、法務部等)以外に、当該部署が通報対象になる場合に備え、経営トップや社外役員を報告先とするルートを設置することが相当だと考えます。 - 内部通報窓口の対応対象事項の拡充
上記のとおり、指針においては、内部通報制度を実効的に機能させるための措置として、内部通報制度に関する教育・周知、内部通報制度の仕組みや不利益取扱いに関する質問・相談への対応を求めており、民間事業者向けガイドラインにおいても同様の言及がなされています(5p「環境整備」)。これに加え、不正行為に関する「通報」のみならず、当該事項が不正行為に該当するのかといった「相談」についても、これを広く受け付けることにより、利用者が利用しやすくなる制度になるのではないかと考えます。
- 内部通報制度の従事者の選定および教育
5 まとめ
今回お話しした法改正の概要、指針、民間事業者向けガイドラインに加え、法改正にかかるQ&Aなどは、消費者庁のウェブサイトに掲載されています。
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/
内部通報制度の体制整備、運用については、当事務所も相応の知見を有しておりますので、お悩みがあればご相談いただけますと幸いです。