第162回 親子関係に関する最高裁判例〜昼顔妻と蓮子さまの子どもたち〜
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今クール話題の連ドラ「昼顔〜平日午後3時の恋人たち」,また,朝の定番NHKの朝ドラ「花子とアン」,皆様ご覧になっているでしょうか。私はいずれにもしっかりはまっています。
両ドラマに共通する題材は,夫ある身の人妻が,夫以外の男性と深い関係になってしまうというものです。「昼顔」では上戸彩さん・吉瀬美智子さん演じる美しい人妻たちが,夫との家庭生活を続けながらも,夫が働いている平日昼間にそれぞれ愛する男性と関係を持つようになります(ドラマではまだそこまで話は進んでいませんが,近くそのようになるのは確実と思われます。)。また,「花子とアン」では,九州の石炭王の妻・蓮子さまが若き帝大生と恋におち逢引を重ね,ついには駆け落ちをしてしまいました。
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さて,昼顔妻や蓮子さまが,夫との婚姻関係が続いている間に愛する男性の子どもを妊娠し,出産したら,その子どもの法律上の父親は誰になるのでしょうか。
この点に関連する民法の条文は以下のとおりです。
第772条 妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定する。
第774条 第772条の場合において,夫は,子が嫡出であることを否認することができる。
第775条 前条の規定による否認権は,子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。親権を行う母がないときは,家庭裁判所は,特別代理人を選任しなければならない。
第777条 嫡出否認の訴えは,夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない。
つまり,民法上,昼顔妻らの子どもたちは,血縁関係がなくても夫の子と推定され,その父子関係を否定するためには,夫(法律上の父)が子の出生を知った時から1年以内に嫡出否認の訴えを提起するという方法しかないのです。
ただ,婚姻中又は離婚後300日以内に生まれた子どもであっても,夫が長期の海外出張,受刑中,別居等で子の母と性的交渉がなかった場合など,妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことが客観的に明白である場合には,夫の子であるとの推定を受けないことになるとして,親子関係不存在確認訴訟という方法により父子関係を否定する手段が認められています(民法には規定がありませんが,最高裁昭和44年5月29日判決をもとに認められてきた訴訟類型です)。この親子関係不存在確認を求めることができるのは,夫(法律上の父)のみに限定されず,利害関係があれば認められ(当然,母,子,血縁上の父にも認められます),出訴期間の制限もありません。
すなわち,上記のような親子関係不存在確認訴訟が認められる事情(妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことが客観的に明白である事情)がなく,かつ,法律上の父が子どもとの父子関係の継続を希望する(嫡出否認の訴えを起こさない)場合には,母も子どもも血縁上の父も,法律上の父子関係を否定する手段を持たないことになります。
しかしながら,DNA検査技術の進歩により生物学上の父子関係を科学的かつ客観的に明らかにすることができるようになった現代において,DNA鑑定により法律上の父と子の血縁関係が存在しないことが明らかになり,子は血縁上の父と母のもとで生育されているような事案であっても,嫡出否認の訴え以外に法律上の父子関係を覆すことができないとしてよいのかという問題意識が生じていたところ,この点に関し,先日,世間の耳目を集める最高裁判決がでました。
夫Aのいる妻Bが,他の男性と関係を持つようになり,妊娠し,子供Cを出産したが,DNA検査の結果子どもCの父は上記他の男性であると判明している事案で,妻Bが子Cの法定代理人として,AとCの親子関係不存在確認を求めた訴訟です(夫Aは父子関係の否定を望まず,争った。)。
1審,2審では,DNA鑑定の結果を優先し,親子関係不存在確認を認める判断をしました。
しかし,最高裁判所平成26年7月17日第一小法廷判決は,
「民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには,夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる(略)。そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。このように解すると,法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。
もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である」
と判示した上,本件においては上記後段(「もっとも」で始まる段落)記載のような事情もないから,親子関係不存在確認を求める訴えは不適法であるとして,訴えを却下しました。つまり,法律上の父と子との親子関係は否定されず,今後も続くことになったわけです。
上記最高裁判決は,最高裁判事5人で導いた結論ですが,5人のうち2人が反対意見(1審,2審の結論を支持する立場)を出しており,なんともギリギリのきわどい結論だったことがうかがえます。異なる裁判体が判断していれば,異なる結論が出ていた可能性すらありえるところです。
親子や夫婦のあり方を考える上では,人それぞれに様々な価値観・意見があるのは当然であり,今回の判決に対しても様々な感想を持たれるでしょう。判決全文(補足意見・反対意見含め)が最高裁判所のホームページに掲載されていますので,ぜひ一度お目通しになって,「家族」について考える時間をとってみてはいかがでしょうか。
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