第163回 大規模災害や事故における個人情報の公表
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もうすぐ、ある団体で個人情報保護法に関する講義を行うことになっていることもあり、個人情報に関する最近の報道に注目していますが、その中で気になるものがあったので、今回はこれをテーマにお話をします。
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8月20日未明から、広島市において大雨による土砂災害が発生し、大きな被害が出ました。
被害に遭われた方には慎んでお見舞いを申し上げます。ところで、皆様もご存じのとおり、この土砂災害では多数の死者とともに行方不明者が出たのですが、広島市は、8月25日から行方不明者の氏名を公表しました。
報道によれば、この行方不明者の氏名の公表に際して、広島市は、「親族の同意なく個人情報を公表すれば苦情が寄せられるなど問題になる可能性がある」という懸念があったが、同市の個人情報保護条例にある「市民の生命や財産を守る必要がある際には個人情報を第三者に提供できる」という規定を根拠に問題はクリアできると判断し、公表に踏み切ったとのことです(広島市個人情報保護条例第8条第1項第4号を指すと考えられます。)。
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この大規模災害や事故における個人情報の公表の是非は、個人情報保護法施行後から現在に至るまで議論となっている問題です。
すなわち、個人情報保護法においては、原則として、本人の同意なく個人情報(正確には個人データ)を第三者に提供することは禁じられていますが、例外として、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要である場合であって、本人の同意が得ることが困難であるとき」には、本人の同意を得ることなく個人情報を第三者に提供できるとされているところ(個人情報保護法第23条第1項2号)、大規模災害や事故における行方不明者や負傷者の個人情報をマスコミ等に公表することが、この例外条項に該当するか、という問題です。
実際、同法の施行(平成17年4月1日)直後に発生したJR福知山線脱線事故において、多数の負傷者が出て近辺の複数の病院に搬送された際、一部の病院が、本人の同意が得られないとして負傷者の氏名の公表しなかった事例があったことから、厚生労働省のガイドラインにおいて、上記の例外条項の具体例として、「大規模災害等で医療機関に非常に多数の傷病者が一時に搬送され、家族等からの問い合わせに迅速に対応するためには、本人の同意を得るための作業を行うことが著しく不合理である場合」が追加されるようなことがありました。
それでもなお、今回の広島市の懸念と同様に、本人(または親族)の同意なく個人情報の公表することは個人情報保護法違反やプライバシー侵害であるとして紛争が発生するリスクがあるとして、公共団体や病院等の団体において、これを公表することに躊躇する場合があるようです。
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しかし、迅速な捜索や救助または安否の確認のために行方不明者や負傷者の氏名等を公表することは、ほとんどの場合に「人の生命、身体の保護のために必要」である場合に該当し、仮に本人や親族からプライバシー侵害であるとして損害賠償を請求をされたとしても、裁判で敗訴する可能性は低いと考えます。
ただし、公表する側としては、裁判で勝つ負けるという問題ではなく、そもそも紛争やトラブルになるリスクを避けたいのであり、そのために公表に慎重になるということは理解できるところです。
結局は、個別の判断にならざるを得ないのですが、今回の広島市の対応は、単に、氏名を公表するにとどまらず、個人のプライバシーにも配慮し(プライバシーだけでなく、行方不明者の住所が分かれば、空き巣などの被害が発生するおそれもあるという点にも配慮したのかもしれません)、住所や年齢については幅を持たせて公表しており、公表の時期(災害の発生から公表まで5日間を要しています)の問題は格別、適切な措置だったと考えます。
【追記】
前々回のコラムで西川弁護士が執筆したベネッセの個人情報漏えい事件については、ベネッセのプレスリリースや報道等によれば、以下のような進展がありました(8月30日現在)。
過去最大の個人情報漏えい事件として、今後もベネッセの対応が注目されます。
[1] 個人情報漏えい事故調査委員会発足(7月15日)
[2] 個人情報を漏えいさせた業務委託先の元社員が不正競争防止法違反で逮捕(7月17日)
[3] 200億円(200億円!)を原資に顧客に謝罪の対応を行うことを表明(7月17日。対応の内容は未定。)
[4] 漏えいした個人情報が少なくとも約2,260万件にのぼることが判明(7月21日。当初は最大約2,070万件とされていました。)
[5] 取締役2名の辞任(7月31日)
[6] [2]の業務委託先の元社員が不正競争防止法(営業秘密の複製)で起訴(8月7日。同種の事件で不正競争防止法違反で起訴された初のケースかもしれません。)
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