規制のサンドボックス制度とは ~わずか1年で規制改革!?制度のダイナミズムに迫る~
執筆者
1 はじめに
新たな技術(AI、IoT、ビッグデータ、ブロックチェーンなど)や新たなビジネスモデル(シェアリングエコノミー、ギグエコノミーなど)を活用したビジネスが世界中で次々と生まれています。新規事業創造の際、壁として必ず立ちはだかるのが、新技術等の存在を想定していない“規制”ではないでしょうか。特に、岩盤規制大国日本においては、“規制”が障害となり、革新的なビジネスアイデアの実現が困難となる例が散見されます。そのような状況を打破するために導入されたのが、規制のサンドボックス制度です(現行規制の適用を受けずに新技術等の社会実証を行う環境を整える制度です。詳細は成長戦略ポータルサイトの説明資料をご覧ください)。
本コラムでは、民間企業による制度利用から1年という驚くべきスピードで規制改革が実現された例を取り上げ、制度のダイナミズムをお伝えします。
2 SMSを利用した債権譲渡通知に関する実証~意義と内容~
現行規制下では、債権譲渡の第三者対抗要件(既に行った債権譲渡を第三者に主張するための要件)には、「確定日付のある証書」による通知又は承諾が必要とされています(民法467条2項)。また、「確定日付のある証書」は、法で認められたものしか用いることができず(民法施行法5条)、多くの場合、内容証明郵便が用いられています。
一方、現代では、より簡易・迅速・真正に情報を伝達するテクノロジーが存在し、また、電子取引が頻繁に行われていることから、債権譲渡通知についても電子的な方法で行うことに対するニーズが高まっています。
そのような現代の規制とニーズの乖離を受けて、SMS(Short Message Serviceの略で、電話番号を用いた文字メッセージの送受信サービス)を用いた債権譲渡通知が、「確定日付のある証書」を用いた債権譲渡通知に代替し得る方法であることの実証が行われる運びとなりました。
3 SMSを利用した債権譲渡通知に関する実証から規制改革までの流れ
- 実証計画の提出・認定実証実施者である株式会社リンクス(以下「リンクス」といいます)は、SMSを利用した債権譲渡通知に関する実証についての計画(実証の目標や内容など法で要求された事項を記載した書面)を、規制所管大臣である法相と事業所管大臣である経産相に対し、提出しました(産業競争力強化法第8条の2の1項、3項)。法相と経産相は、提出された実証計画が法の要件を満たしているか否かを検討した上で、実証計画を認定し、公表しました(同法8条の2の4項、5項)。認定された実証計画の公表は、政府の成長戦略ポータルサイトで行われます(SMSを利用した債権譲渡通知に関する実証)。
- 実証実験実証実験は、エイチエス債権回収株式会社(実証実験①)及び株式会社日本プラム(実証実験②)参加の上、以下の要領で行われました。
- 債権譲渡人(実験参加者である上記2社)による、債務者に対する、確定日付のある証書による通知(現行規制で認められている通知)とリンクス開発のSMS基盤のシステムによる通知(現行規制で認められていない通知)の並行実施
- 利便性等について、債権譲渡人・債務者に対してアンケート調査
- データの真正性等について、実験に用いられたシステムの検証(ログや通知内容の改変その他の異常、システム障害等の有無など)
- 新たな規制の特例措置の求め・通知公表リンクスは、法相と経産相に対し、新たな規制の特例措置(⼀定の要件を満たす情報システムを利⽤して⾏われた債権譲渡の通知等を、確定⽇付のある証書による通知等とみなす特例)の整備を求めました(同法6条1項)。
法相と経産相は、法で定められた手続きを経た上で、リンクスに対し、講ずることとする新たな規制の特例措置の内容を通知し、公表しました(同法6条2項、5項)。公表は、法務省のHPで行われました(講ずることとする新たな規制の特例措置の内容の公表)。 - 産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律成立上記公表が行われた翌日の2021年2月5日付で、衆議院が、“債権譲渡の通知等に関する特例”を含んだ産業競争力強化法の改正法案を受理し、国会で所定の審議が行われた結果、同年6月9日に同改正法案が可決されました。その結果、認定新事業活動実施者が、認定新事業活動計画に従って提供する、以下の2要件を満たした“情報システム”を用いてなされた通知・承諾は、確定日付のある証書による通知・承諾とみなされることとなりました(同法11条の2の1項)。
-
- 債権譲渡通知等をした者及びこれを受けた者が当該債権譲渡通知等がされた日時及びその内容を容易に確認することができること
- 債権譲渡通知等がされた日時及びその内容の記録を保存し、及びその改変を防止するために必要な措置として主務省令で定める措置が講じられていること
-
- 本項では、現在の制度の根拠法である産業競争力強化法を引用していますが(今後の制度活用を想定されている読者の便宜のため)、本実証当時の根拠法は、生産性向上特別措置法(現在廃止)です。
4 規制のサンドボックス制度活用のメリット~規制改革だけじゃない!?~
規制のサンドボックス制度は、対象を限定しておらず、いかなる業界においても、いかなる規制に対しても活用することができ、現行規制に縛られることなく新技術等の社会実証が行えます。また、実証計画が認定され、国の成長戦略ポータルサイトに掲載されることにより、以下のようなメリットも見込まれます。
- 自社事業の認知度・信頼性向上政府サイトで公表されることにより、いわば、“国のお墨付きの事業”として認知され、取引先や金融機関などからの信頼が高まり、取引の増加や資金調達が容易になることが見込まれます。
- 第三者との協業の促進企業、官公庁、研究機関などと実証実験を共同で行う例が散見されます。上記例では、実証者にとって、将来的に顧客となり得る(SMSを用いた債権譲渡通知システムを利用し得る)企業との接点を持つ場となりました。
5 おわりに
令和4年3月29日、アクセンチュア、三菱UFJ信託銀行の2社それぞれが、自社開発のブロックチェーン基盤のシステムが、上記特例上の“情報システム”に当たり得ることの実証を目指した計画が認定されました(アクセンチュアによるブロックチェーン技術を活用した電子的取引に係る第三者対抗要件に関する実証、三菱UFJ信託銀行によるブロックチェーン技術を活用した電子的取引に係る第三者対抗要件に関する実証)。遅かれ早かれ、債権譲渡などに係る通知は電子的な方法で行われることになるでしょう(ブロックチェーンは汎用性の高い技術です。本項で取り上げた通知、今流行りの仮想通貨、NFTにとどまらず、色々な業界・分野で応用する流れが加速していくでしょう)。
令和4年4月19日、株式会社mobby rideや株式会社Luupによる実証等が実を結び、道路交通法が改正されました(株式会社mobby rideによる電動キックボードのシェアリング事業の実施に向けた走行実証、株式会社Luupによる電動キックボードのシェアリング事業の実施に向けた走行実証)。改正法施行後、16歳以上の方は、免許無しで、電動キックボードの公道走行ができるようになります。今後、電動キックボードが街中を走ることは、当たり前の光景になるでしょう(私も体験しましたが、めちゃくちゃ快適です。近距離移動のマストアイテムになるのでは!?)。
事業を囲う“規制”を正しく認識されているでしょうか?その“規制”は事業の障害となっていないでしょうか?その“規制”の外側に広がっている新しいマーケットを開拓してみませんか。