シップファイナンスの基礎
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1 はじめに
新たに船を建造したり、中古船を購入するには、多額の資金が必要となり、そのための資金を金融機関から借入等するのがシップファイナンスです。海で囲まれた日本の輸出入は海運に大きく依存しており、近年、物流や旅客運送の需要拡大に応じた船舶の大型化に伴い、船価自体も高額となっているため、金融機関から購入資金の融資を受けるのが一般的なものとなっています。
本コラムでは、シップファイナンスの基礎として、シップファイナンスにはどのようなリスクがあるか、リスクを回避するためにどのような契約書が締結されているのかについて、主に融資を実行する金融機関の視点からご紹介いたします。
2 シップファイナンスにはどのようなリスクがあるか
- 新たに船を建造する場合、船舶建造契約を締結してから竣工するまで、相当程度の期間を要することとなります。船舶建造契約では、契約締結時、着工時、竣工時等、複数回にわたり分割して建造代金を前払いするのが一般的であり、発注者(本コラムでは、便宜的に「船主会社」とします。)が、建造代金のうち竣工時払い以外の分を含めて金融機関から借り入れる場合、金融機関は、船主会社に対し、船舶が完成する前に貸付を実行することとなります。
仮に、船舶建造を請け負っていた造船所の帰責事由又は不可抗力による船舶の引渡しの遅延等、何らかの事由により建造契約を解除しなければならなくなった場合、船主会社は、造船所に対し、前払金の返還を求めることができますが、造船所の資金力が十分でなければ、前払金全額の返還を受けられない可能性もあります。このことは、金融機関にとっても、貸付金の回収リスクの観点から重要な問題となります。 - また、土地や建物といった不動産とは異なり、船舶は世界中の海を航行することとなるため、損傷したり、場合によっては沈没する可能性もあります。船主会社は、船舶を傭船に出す(運送用に船舶を貸し渡す)ことで傭船料を受領し、借入金の弁済資金を確保していくことになりますが、船舶が使用できない状態になってしまった場合、傭船料を受領できず、金融機関に対する弁済資金を捻出することができなくなる可能性もあります。
- このように、シップファイナンスでは、借入人である船主会社の信用不安という一般的な金銭消費貸借契約における回収リスクだけでなく、シップファイナンス特有の様々なリスクが存在するため、多額の資金を貸し付ける金融機関としては、できるだけリスクを低減したいところです。そこで、金融機関として、リスクを低減するためにどのような担保契約を締結するのが良いかという点について、説明いたします。
3 リスクを低減するために、どのような契約を締結する必要があるか
- 銀行保証状の前払金返還請求権譲渡担保権設定契約
造船所による船舶建造の遅滞により船舶建造契約の解除が不可避となった場合の前払金返還債務を担保するための手段として、海外造船所において建造するケースでは、第三者(ほとんどの場合、融資を実行する金融機関とは別の銀行)が、造船所の依頼に基づき、船主会社に対して保証状(Refundment Guarantee)を発行するという方法が採られています。船主会社は、この保証状の発行を受けることで、造船所が前払金返還債務を履行しない場合に、保証状の発行者である第三者(銀行)に対し、金銭的な請求を行うことができます。そして、この場合には、船主会社と金融機関との間では、銀行保証状の金銭債権(前払返還請求権)にかかる債権譲渡担保設定契約が締結されることが一般的であり、これによって、金融機関は、船主会社に対する貸付金の回収リスクを回避することが可能となります。
当該債権譲渡担保設定にかかる第三者対抗要件を具備するためには、原則として、船主会社にて、銀行保証状を発行している第三者(銀行)に対して、これを譲渡した旨の通知を行うことが必要です。なお、可能であれば、当該第三者(銀行)から承諾書を取得しておくことが望ましいと思料いたします。もっとも、銀行保証状に「船舶建造契約上の発注者のファイナンサ―にも効力が及ぶ」(船主会社に融資を実行した金融機関にも効力が及ぶ)旨の記載がある場合には、通知及び承諾書の徴求は不要となります。
ただし、対抗要件の具備方法については、船舶建造契約の準拠法によって異なるため、注意が必要です。 - 船舶抵当権設定契約(Mortgage)
不動産に抵当権を設定するのと同様に、船舶自体に抵当権を設定することが可能であり、一般に、船主会社と金融機関との間で船舶抵当権設定契約(Mortgage)が締結されます。
この点、担保設定の対象となる船舶が日本船籍の場合は日本法に準拠するため、船舶の差押え及び競売のみが可能となりますが、日本の船主会社も船籍登録していることが多いパナマ共和国、リベリア共和国及びマーシャル諸島共和国などの船籍の場合、船舶の差押え・競売の他に、船舶所有者から船舶の占有を回復したり、抵当権者が任意に抵当権者の名義で船舶を第三者に売却(プライベートセール)することも可能となっています。
すなわち、船舶抵当権設定契約(Mortgage)については、担保の対象となる船舶の船籍国の法律に準拠して締結、設定、登録されることとなるため、抵当権設定契約の内容は船籍国によって異なります。そのため、金融機関としては、融資対象となる船舶がどの船籍国となるのかという点についての確認が必須となります。 - 傭船料等債権譲渡担保設定契約(Assignment of Charter hires)
船主会社は、傭船者との間で傭船契約を締結し、船舶を傭船に出し、傭船料を受領することを事業として行っています。
金融機関としては、船主会社の収入源である傭船料等債権を担保として取得することにより、船主会社に信用不安等の期限の利益を喪失させる事由が発生した場合でも、傭船者から直接、傭船料を収受することによって貸付金を回収することが可能となります。
もっとも、船主会社に、金銭消費貸借契約上の期限の利益を喪失させる事由が発生した場合、傭船料等債権譲渡担保契約の締結していない場合であっても、船舶抵当権(Mortgage)を実行することにより回収を図ることは可能です、。貸付金額、返済期間、船主会社の信用力等を総合的に勘案し、傭船料等債権譲渡担保契約を締結するか否かについて検討することになると思われます。
傭船料等債権譲渡担保契約を締結する場合には、傭船者に対する譲渡通知をすることによって(取付可能であれば傭船者からの承諾書を受領)、対抗要件を具備することが可能となります。但し、傭船契約がどの国の法律に準拠しているかによって(多くの場合は英国法)、対抗要件の具備方法も異なってきますので、その点については注意が必要です。 - 保険金請求権譲渡担保設定契約(Assignment of Insurance)
船舶は、海上を航行しているため、沈没、座礁、火災、他船との衝突といった危険により、船舶が損傷する等の海難事故に遭遇する可能性があります。そのため、船主会社は様々なリスクに備えて、船体機関保険、戦争保険、P&I保険等、様々な種類の保険に加入しています。
金融機関としては、船舶抵当権を設定していたとしても、担保対象物である船舶が沈没等により全損となって担保価値を失えば、船舶抵当権も意味をなさないものになってしまうおそれがあります。そのため、債権保全の観点から、船主会社が加入する保険契約にかかる保険金請求権に譲渡担保を設定するということが行われています。金融機関としては、船主会社が、どのような保険会社の、どのような内容の保険に加入する予定であるかという点について留意する必要がありますし、保険の補償内容がどのようなものであるのかということを把握しておくことが重要です。
保険金請求権譲渡担保設定契約を締結する場合には、保険会社に対する譲渡通知をすることによって(取付可能であれば保険会社からの承諾書を受領)、対抗要件を具備することが可能となります。 - 保険金請求権質権設定契約
保険金請求権譲渡担保設定契約に代えて、保険金請求権に質権を設定するケースもあります。この場合には、保険会社所定の質権設定承認請求書に署名し、保険会社の承認を受け、確定日付を取得することにより、対抗要件を具備することが可能となります。
4 おわりに
本コラムでは、シップファイナンスに関する基礎的な内容をご紹介しましたが、実際は、傭船の形態が定期傭船か裸傭船か、本船の船籍国がいずれの国であるか等の事情によって作成する書類が異なるなど、案件に応じて様々な検討が必要となります。
また、シップファイナンスでは、海事用語が多く使用されるため、慣れるまでは戸惑うことも多いと思われます。弊所では、金融機関様向けのシップファイナンス入門セミナーの開催実績もございますので、お気軽にご相談・お問い合わせください。
以上