第172回 夫婦別姓(氏)について
執筆者
- 少し前に,夫婦別姓に関し,「最高裁 初の憲法判断へ」というニュースの見出しが世間をにぎわせました。この夫婦別姓をめぐる訴訟は,夫婦別姓を認めない民法750条が個人の尊厳を定めた憲法73条および男女の平等を定めた憲法24条に反するとして国家賠償等を求めたもので,1審(東京地裁)は別姓の権利を憲法が保障しているとはいえないとして請求を棄却,控訴審(東京高裁)も違憲とは言えないとして1審の判断を維持しました。これに対し,敗訴した原告らが最高裁に上告していたところ,今年2月,最高裁第3小法廷は,審理を大法廷に回付するという判断をし,このことがニュースにとりあげられたのです。最高裁には,5人の裁判官で構成する小法廷と15人の裁判官全員で構成する大法廷とがあり,すべての事件はまず小法廷で審理されますが,小法廷で審理した事件の中で,法律・命令等が憲法に適合するかしないかを判断するときなどに限って,事件を大法廷に移して審理及び裁判をすることになっています。すなわち,夫婦別姓訴訟についても,その審理が大法廷に回付されたことにより,合憲か違憲か初めての憲法判断が行われる見通しとなったのです。
- 民法750条は「夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称する。」と規定しており,結婚するにあたっては,男性または女性のいずれか一方が必ず氏を変え,同じ氏にしなくてはなりません(左記のとおり,法律では,「姓」や「名字」を「氏」と呼んでいることから,「夫婦別姓」よりも「夫婦別氏」と呼ぶ方が法的には正確な表現といえますので,以後は「夫婦別氏」と記します。)。そして,圧倒的多数の夫婦が,男性の氏を選び,女性が氏を変更しています。しかしながら,女性が結婚・出産を経た後も仕事を続けることが一般的になってきたことに伴い,氏を変えることによる女性側の不便・不利益が指摘され,夫婦別氏を求める意見は以前から強くあったことから,法務省においても,夫婦別氏の導入を図って平成8年および平成22年に改正法案を準備しました(しかしながら,いずれも国会提出に至らず,実現されませんでした。)。
ひとくちに夫婦別氏といっても様々な類型がありますが,法務省の上記改正法案で採用された類型は,選択的夫婦別氏制度です。これは,夫婦が望む場合には結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の氏を称することを認める制度,すなわち結婚時に夫婦同氏または夫婦別氏のいずれかを選択できる制度になります。また,選択的夫婦別氏制度の中にも,子どもの氏について,兄弟姉妹の氏を別々にすることを認める考えと認めない考えとがありますが,法務省が上記改正法案において取り入れたのは,子どもの氏を別々にすることは認めない考え方です。
- 弁護士として執務する中で夫婦同氏しか認められない現在の法制度のデメリットを痛切に感じるのは,未成年の子どものいる夫婦が離婚する場面です。離婚に際しては未成年の子どもの親権者は母親とする場合が圧倒的に多いですが,それに伴い,母親は,自分の氏と子どもの氏をどのようにするか悩まされます。すなわち,離婚すると原則として婚姻前の氏に復することになりますが,離婚後3か月以内に役所に届出をすることにより婚姻時の氏を引き続き称すること(婚氏続称)も認められています。そして,子どもの氏は,親の離婚によって当然には変更されませんが,親権者である母親が自ら選択した氏(上記婚姻前の氏か婚姻時の氏の続称か)と子の氏を同一にするため子どもの氏の変更手続きをすることができます。そこで,母親としては,(1)婚姻前の氏に復し,子どもも自分の婚姻前の氏に変更する,(2)婚姻時の氏を続称することとし,子どもがこれまでと同じ氏を使い続けられるようにする,(3)自分は婚姻前の氏に復するが,子どもの氏は変更しない(母親と子どもの氏が別々になる),という3つの選択肢の中で迷うことになります。ともに生活していく中で母親と子どもの氏を別々にするのは生活上の不都合等も多いため上記(3)が選択されることはほとんどなく,多くの母親が,上記(1)または(2)のいずれにするかで迷います。婚姻前の氏に復することにより子どもの氏も変更してしまうことへの躊躇(乳児であればともかく,就学期の子どもの氏が変わることによって,学校生活などにおいて子どもに与える精神的負担への懸念等),離婚による子どもへの影響をできる限り減らすべく子どもが同じ氏を使い続けられるようにするためやむなく婚氏続称を選択することへの葛藤,その他各人なりの氏に対する思いや家族・仕事・実家との関係その他諸々の事情がまざりあって,なかなか結論を出せない難しい悩みとなる場合が多いのです。そして,弁護士として,このような悩みに接するたび,日本でも夫婦別氏が認められていれば,このような悩みは減るのになぁとよく考えていました。
上記1の訴訟において最高裁判決がいつ頃出されるのかはまだわかりませんが,夫婦別氏の導入を後押しするような内容の判決がでればと個人的には思っており,その行方に注目しています。