不可抗力(Force Majeure)とフラストレーション(Frustration)
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英語版はこちらをご覧ください。 Force Majeure v Frustration
1 はじめに
コロナウィルスによるサプライチェーンの混乱はもちろんのこと、近時のロシアによるウクライナ侵攻や、世界中のどこかで毎週のように発生している「500 年に1度」ともいわれる異常気象など、契約当事者がどうにもできない原因によって契約の履行を妨げられる可能性が高まっているように思われます。
このような場合、そのような当事者が「不可抗力」(Force Majeure)を主張し、契約上の義務を免れることができるのでしょうか。以下で詳述するとおり、契約の準拠法がコモンローに基づいた法律の場合、容易に義務を免れることはできないかもしれません。また、本コラムでは、「フラストレーション」(Frustration)というコモンローの概念も簡単に紹介させていただきますが、これも「契約上の義務を履行できない」という意味では同様の問題を扱ってはいますが、全く異なる問題といえます。
2 コモンローの背景事情
本コラムの読者の多くの方は、日本法にいう不可抗力が当事者の責に帰すことのできない事由による契約上の義務の不履行を免除することを意味していることをご存知のことと思います。
一方で、日本の判例とは異なり、イギリスの裁判所は当事者に対してそれほど寛容ではありませんでした。いったん契約上の約束をした当事者は、その約束を絶対に履行する義務を負い、もし履行できなかった場合は、その理由にかかわらず、相手方に対して賠償義務を負うこととされていました。
このルールを最もよく表しているのが、1647 年の“Paradine v Jane”の事件です。この事件では、外国軍が土地を占拠していたにもかかわらず、賃借人は賃貸人に対して家賃を支払う義務があることが示されました。この厳しいルールに対して何らかの救済措置がとられたのは1863 年になってからであり、これがフラストレーションの原則の発展につながったのです。この原則については後述しますが、ここで重要なのは、当事者がこの原則に頼ることが困難であるということです。そのため、当事者は、契約書に不可抗力条項を設けて自衛する必要があります。
3 契約における不可抗力の定義
日本法の「不可抗力」はフランス法の概念に由来しており「抵抗できない力」や「超越的な力」を意味します。しかし、コモンローには正確な定義がないため、どのような状況をもって、不可抗力の事象と扱うかは、当事者が定義するのが一般的です。当事者は、契約において、どのような事象を不可抗力に含めるか含めないかを自由に交渉できますが、通常は、火災や洪水等の自然現象と戦争や労働争議等の人為的現象の両方が含まれます。また「通常の不可抗力が適用される」とした条項が不明確性のため無効とされたことがあるように、不可抗力の定義には一定の正確性が要求されます。一方で、ICC(国際商業会議所)が公表している条文のように、契約書外の定義を参照することは可能です。
また、不可抗力条項の効果がどのようなものであるかを確認することも必要です。言い換えると、影響を受ける当事者が契約の履行を免除されるのか、その事象が存在する間は履行義務が停止されるに留まるのかということです。商業上の契約においては、当初は履行が一時的に停止される期間が設けられ、一定期間経過後も履行が妨げられる場合には、契約を解除するオプションが設けられることが一般的です。この他に不可抗力条項で実務上よく見られるのは、一方当事者からの通知や不可抗力による影響を軽減する義務等です。
ここで重要なのは、不可抗力条項は当事者によって定義されるということであり、その条項が何を意味し、何を意味しないかについて注意を払う必要があるということです。
4 フラストレーション
それでは、不可抗力がコモンローの領域において純粋に契約上の概念であるとすれば、フラストレーションの原則はどのような概念と説明できるでしょうか。フラストレーションの基本的な考え方は、契約成立後に、①契約の履行を不可能にする事象又は②当事者の義務を契約締結時に合意したものとは根本的に異なる義務に変質させる事象が発生した場合に、契約を解除することができるというものです。下線で示した4点の留意点は次のとおりです。
- 契約の解除:不可抗力条項は履行を一時的に停止することができますが、これと異なり、フラストレーションは契約当事者を契約から解除する効果があります。
- 契約成立後:フラストレーションの主張をするために、契約当事者は既存の事象や原因に基づくことはできません。
- 不可能であること:契約の履行が物理的又は商業的に不可能な場合であることを意味します。
- 根本的に異なる義務:これまでの判例によって発展したフラストレーションの判断基準で、単にコストや難易度だけでなく、義務の種類が異なることを要求しています。
この原則が適用された一例として、上記の1863 年の事件があります。この事件では、被告は、原告が演奏会のためにホールを使用することに同意していましたが、契約成立後に火災によってそのホールが焼失したという事情がありました。この事件において、裁判所は、契約ではコンサート当日にホールが存続していることが黙示の条件となっている旨判断しました。その後、1950年代までの判例には、この「黙示の条件」の基準がよく使われていましたが、問題点も指摘されていたため、利用されなくなりました。より新しい「根本的に異なる義務」の基準に基づいて上記の事件を検討すると、被告にコンサート当日までに新しいホールを建設することを求めることは、既に存在しているホールを原告に使用させるという本来の義務とは全く異なるものであり、不公平であるということになります。
フラストレーションの原則は、契約上の義務の履行が不利益であることや困難であることを理由に契約上の義務を免れることができないという基本的な考え方を維持するために、非常に厳格かつ限られた場面で適用されるという点に注意する必要があります。
また、契約書に特定の事象を記載した不可抗力条項がある場合、その条項が適用され、契約当事者はフラストレーションに頼ることができない可能性があることに留意する必要もあります。
最後に、実務的な視点からすると、契約の当事者は、フラストレーションの原則が確実に適用されると確信できる場合でない限り、この主張をすることは控えるべきです。この主張をすることによって逆に契約違反と主張され、賠償責任を負う可能性があるからです。フラストレーションに基づく主張を行うかどうかをご検討されている場合は、お気軽にご相談いただければ幸いです。