電子B/L法制の検討状況
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グローバルな貿易実務において、船荷証券(Bill of Lading, B/L)は、今なお重要な貿易書類の一つとして世界中で利用されています。しかし、近時の急速なデジタル化の潮流の中にあっても、まだ紙のB/Lが主流であるため、その管理コスト、取扱いの煩雑さ、紛失リスク等を問題視する声があがっています。このような中、貿易実務では、関係する当事者間でプロバイダーの規約に同意した上で、電子化されたB/Lをあたかも紙のB/Lのように取り扱う例が増えてきており、実務が先行して、紙のB/Lに関する問題点の克服に向けた試みが行われています。
しかし、このような規約型の電子B/Lは、法的な裏付けが十分でないこと、規約に同意していない第三者との関係での法的効力の不明確さ等を理由に、紙のB/Lに比べると、まだ貿易実務で主要なシェアを占めるまでには至っていません。
このような背景のもと、主要な国々が電子B/Lを国内法制化する動きが活発化してきたところで、日本でも、電子B/Lの法制化を実現するために、現在、(私も関係官として参加させていただいている)法制審議会でその議論が行われています。
今回のコラムでは、このような電子B/L法制の基本事項や国内外の現状について、ご紹介しようと思います。
1. 電子B/Lの概要
⑴ 電子B/Lとは
電子B/L(e-B/L)とは、一般的には、従来の紙のB/Lの内容をデジタル情報化し、B/Lに関する発行・移転・回収等を電子上で行うことができるものと言われています。
すなわち、電子B/Lは、紙のB/Lで行われている現在の実務と全く違うものを新たに創造しようとするものではなく、紙のB/Lで行われている現在の実務を可能な限り忠実に電子上に置き換えようとするものであるということができます。
⑵ 電子B/Lのメリット
電子B/Lを用いるメリットとしては、
① スピードアップ&管理コスト削減
② 偽造リスクの減少
③ B/Lのcombine、split、予定された揚地以外での引渡し(全通回収)の容易さ
等が挙げられます。
① スピードアップ&管理コスト削減については、電子B/L上の運送品についての権限の管理・移転は、プラットフォーム上で完結し、従来の紙のやり取りが不要となることから、権限の移転のスピードが格段に上がり、また、煩雑な紙の管理が不要となって管理コストも削減できるというメリットがあります。
② 偽造リスクの減少については、現在用いられている電子B/Lにおいては、ブロックチェーン技術等の偽造が難しいとされる技術が用いられていることから、紙に比べると、偽造・改ざん等のリスクが減少すると言われています。
③ 全通回収の容易さについては、通常、紙のB/Lのcombine、split等により記載事項を変更する場合や予定された揚地以外で運送品の引渡しをする場合には、一旦発行した紙のB/L原本(実務上、3通発行の例も多く見受けられます。)を全て回収する必要があるとされています。電子B/Lであれば、このような全通回収もプラットフォーム上の操作で完結するので、B/Lの全通回収が容易に完了します。
⑶ P&I保険によるてん補
B/Lを用いる実務において欠かせないのが、運送品の滅失・損傷等が発生した場合の運送人の賠償責任についてのP&I保険によるてん補です。電子B/Lが用いられた場合の上記P&I保険によるてん補の可否については、IG(International Group of P&I Clubs)が承認したシステムであれば、運送人の責任は、紙のB/Lと同じ範囲で、てん補対象となるとされています。ただし、電子データの守秘義務違反、コンピューターリンク維持義務違反等の電子固有のリスクはてん補対象から除外されています。
2022年11月時点では、IGは、① EssDOCS、② Bolero International Ltd.、③ E-Title、④ edoxOnline、⑤ Cargo X、⑥ WAVE、⑦ TradeLends、及び⑧ IQAXを承認しています。
なお、IGによる電子B/Lシステムの承認要件は、次の通りとされています。
A) システムにより、運送品の所有権、請求権と責任の移転を完結可。
B) 利用者が電子署名を有効であると合意する内容の署名条項を規定していること。
C) 関係者が電子B/Lは船荷証券であることに異義を提起しないことに合意する仕組みを持っていること。
D) 利用者同士が訴訟を提起し又は提起される仕組みを持っていること。
E) 紙のB/Lであれば適用される条約や国内法は、電子B/Lにも適用されることがシステム上確保されていること。
F) システムの運用者や提供者は、システム障害による場合の責任を負うこと。
G) システムは、電子B/Lの条項の規定、執行、拒否を行うことを容認すること。
H) 物品運送契約の契約条件として十分な証拠であること。
I) システムが明示的にイギリス1999年契約(第三者の権利)法の適用を排除すること。
J) システムの運用者や提供者は、あらゆる要因のシステム障害から生じる責任に対する責任制限額までをてん補するための十分な金額の保険を保持しておくこと。
2. 日本法の改正に向けた検討経過
電子B/Lについての日本法の改正に向けた検討経過は、次の通りです。
2022年11月時点では、法制審議会商法(船荷証券等関係)部会において調査・審議が行われています。最新の資料や審議経過は、上記リンクからご覧いただけます。
また、中間試案が公表された際には、パブリック・コメントの手続に付されることとなるので、誰でも中間試案に対して意見を出すことが可能となります。
3. 諸外国の法制
特に電子B/Lのような国際的調和が必要な事項に関する日本法の改正に際しては、諸外国の法制が大いに参考にされます。そこで、諸外国の法制についても、少しご紹介させていただきます。
諸外国においても、電子B/Lの法制化が進められていますが、近時、特に重要と考えられるのは、シンガポールと英国における法制化です。
⑴ シンガポール
シンガポールでは、電子B/Lを含む電子的移転可能記録に関する法律として、Electronic Transactions ActのPart II Aが新設され、2021年3月に施行されました。
その主な内容は、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)で採択された電子的移転可能記録モデル法(Model Law on Electronic Transferable Records; MLETR)をシンガポールの国内法化するものです。
シンガポール法の詳しい内容は、商事法の電子化に関する研究会報告書の別添7に記載されています。
ここで、MLETRの中でも特に重要と考えられる2つのポイントを簡単にご説明します。
① 紙の証券との機能的同等性
MLETRでは、電子B/Lは、紙のB/Lと機能的に同等であることが求められています。具体的には、電子B/Lが、”singularity”(B/L上の権利は複製されず、識別された一つのみであること)、”control”(排他的に支配できること)、“integrity”(改ざんされず、変更記録が残ること)という要件を満たしていることが求められています。
② 技術的中立性
MLETRでは、電子B/Lに関して、特定の技術やモデルを用いることを求めているわけではなく、それらの機能を果たすための「信頼できる手法」(reliability)であればよい、とされています。
⑵ 英国
英国では、電子B/Lの法制化に向けたLaw Commissionでの調査・検討を経て、2022年10月にその改正法案(Electronic Trade Documents Bill)が国会に提出されました。
同改正法案はシンプルな内容であり、その主眼は、コモンロー上は認められていなかった、電子的形態の取引文書(電子B/L)の「占有」(possession)を制定法上可能とすることにあると思われます。また、国際的な互換性の確保という観点から、MLETRと調和させることも目指しているようです。
英国法の改正法案に関する解説は、法制審議会商法(船荷証券等関係)部会の参考資料2-2 イギリス法における電子船荷証券に係る論点とLaw Commissionの立場に記載されています。
4. 日本法上の紙のB/L法制の基礎知識
以上に見てきたとおり、電子B/Lは、紙のB/Lで行われている現在の実務を可能な限り忠実に電子上に置き換えようとするものです。
そこで、日本法における電子B/Lの法制化を理解する前提として、現行法が規定する紙のB/L法制の基礎知識について、解説いたします。
⑴ B/Lの3つの機能
B/Lには、主に次の3つの機能があります。
➀ 運送契約の証拠
② 貨物の受取又は船積みの証拠
③ 運送品引渡請求権を表章する有価証券
特に、上記③が重要であり、この点が、有価証券であるB/Lと単なる証拠書類に過ぎない海上運送状(Sea Waybill)と分ける大きなポイントとなります。
⑵ B/Lの7つの法的性質
B/Lは、主に次の7つの法的性質を有します。
➀ 緩やかな要式証券:法律が定める一定のB/Lの記載事項を欠くと無効とされます。
② 要因証券:貨物の引渡しなくB/Lが発行されると、無効とされます。
③ 法律上当然の指図証券:B/Lは、記名式(荷受人欄に特定の氏名又は名称が記載されている場合)であるときであっても、B/Lに裏書を禁止する旨の記載がない限り、裏書によって誰にでも譲渡することができます。ただし、英国法上は、日本法と異なり、記名式B/Lは裏書譲渡ができません。
④ 文言証券:運送人は、善意のB/L所持人に対して、B/Lの記載内容と異なる事実を主張することができません。
⑤ 引渡証券:B/Lにより運送品を受け取ることができる者にB/Lを引き渡したときは、その引渡しは、運送品の引渡しと同一の効力を有します。すなわち、B/Lの引渡しによって、運送品自体の引渡しがなくても、B/L取得者が対抗要件を備えることになります。これは、第三者が関係する場面の規律であり、電子B/L法制を検討する上で、特に重要となります。
⑥ 処分証券:運送人に対して運送の中止等の運送品処分権の行使をする場合や、第三者に貨物を譲渡した場合には、B/Lをもってそのような行為(処分)をする必要があります。
⑦ 受戻証券:運送人からの運送品の引渡しはB/Lと引換えでなければならず、そうでなければ、運送人は、運送品の引渡しを拒否することができます。
5. 日本法の改正の検討における論点
上記4のような紙のB/Lの機能や法的性質を、法律上、電子B/Lにももたせようとするのが、今回の日本の法改正の主眼の一つとなります。
また、法制上B/Lを電子化する上で検討すべき論点として、次のような点も挙げられています(まだ法制審議会での議論の最中で、結論が出ていない論点ですので、簡単な解説にとどめさせていただきます。)。
① 発行場面の規律
運送人の電子B/L発行義務の有無、電子B/L発行についての承諾の主体、電子B/Lの法定記録事項として何を求めるか等です。
② 技術的要件
電子B/Lの技術的要件として、国の認証を受けた機関による関与を必要とすべきか否か、電子B/Lの「支配」の具体的な内容をどのように規律するか、MLETRが定める技術的要件をどこまで法律に明記するか等です。
③ 転換の要件
紙から電子、また電子から紙に転換するに際して、荷主側からの転換請求権があるものとすべきか否か、また、転換後のB/Lにおける法定記載・記録事項をどうすべきか等です。
④ 有価証券に係る類型についての整理
日本の民法上の有価証券としては、Ⓐ指図証券型、Ⓑ記名式所持人払証券型(債権者を指名する記載がされている証券であって、その所持人に弁済をすべき旨が付記されているもの)、Ⓒその他の記名証券型(裏書禁止型)、Ⓓ無記名証券型の4分類が規定されています。電子B/L法制においても、これらの4分類を明記するか否か、又は、B/L実務であまり使われていない類型(Ⓑ記名式所持人払証券型、Ⓓ無記名証券型)を規定しないこととするか等の論点です。
⑤ 権利譲渡場面の規律
紙のB/Lを譲渡する際に必要とされる裏書について、電子B/Lの場合にも裏書に相当する行為を必要とするか否か、また、その具体的な内容をどうするか等です。
以上のとおり、日本法上、電子B/Lを法制化するためには、相当に詳細な規定を検討する必要があり、また、実務的、学術的、法制的な見地から、支持される案が分かれているのが現状ですので、今後の法制審議会での議論をお待ちいただければと存じます。
6. 定期傭船契約上の規定例
補足的な内容として、電子B/Lと定期傭船契約との関係では、現在、BIMCOが船主・傭船者間の権利義務等を規定するために、定期傭船契約に次のような規定を追加することを提案しています。
・BIMCO Electronic Bills of Lading Clauseの和訳
① 傭船者の選択により、船主発行のB/L等が電子式(紙と同様の機能を有するもの)により発行される。
② 船主は、傭船者の指示で、IGにより承認されたシステムに加入し、そのシステムを利用する。そのシステムヘの加入と利用において生ずる費用は、傭船者が支払う。
③ 傭船者は、②のシステムの利用から生じる追加的な責任に関して、その責任が船主の過失によって生じたものでない限り、船主に損害を与えないようにすることに同意する。
定期傭船契約を締結する際には、このような規定を設けることで、電子B/Lも利用可としたい傭船者と電子B/L利用による不利益を回避したい船主との法律関係を整理することができるものと考えます。
以上が電子B/L法制の検討状況と国内外の現状となります。改正法の成立までしばらく時間がかかると思われますが、重要なアップデートがあれば、随時ご報告させていただきます。