宗教法人の法律問題⑵ ~機関設計②~
執筆者
1 宗教法人の意思決定
今回のコラムでは、宗教法人の責任役員について述べたいと思います。前回のコラム(宗教法人の法律問題⑴ ~機関設計~)で述べたとおり、宗教法人の意思決定については、宗教法人法第18条4項で、「責任役員は、規則で定めるところにより、宗教法人の事務を決定する」とされています。
ここで、「事務」とは、宗教上の事項を除く、世俗的事務との意味で、宗教的事項以外の一切の行為に及ぶものと解されており、裁判例では、「事務とは、礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運営し、その他宗教法人の目的達成のための業務および事業を運営するための宗教的事項以外の事項についての一切の行為」とされています(大阪高判昭和53年9月14日)。
具体的には、①宗教法人の予算の作成、②決算の承認、③特別財産、基本財産の設定および変更、④宗教法人法第23条所定の行為、⑤事業の管理、⑥規則の変更等が含まれます。もちろん、上記事務についての権限は、宗教上の事柄には及ばず、宗教法人の役員がたまたま宗教上の機能を併せ持っていても、当該機能に対する支配権等を有することにはなりません。
2 責任役員
⑴ 宗教法人法上の位置づけ
ア 宗教法人においては、3人以上の責任役員を置くこととされており(宗教法人法第18条1項)、規則に別段の定めがない限り、その意思決定は、責任役員の過半数で決するものとされています(宗教法人法第19条)。代表役員との関係では、責任役員は、宗教法人の意思決定機関であり、代表役員は、責任役員により決定された事項を対内的、対外的に執行する機関であるということになります。
したがって、「事務」について、代表役員と責任役員の意見が異なる場合、代表役員も責任役員の一人として意思決定に加わりますが、責任役員の多数決で代表役員の意見が否決されることもあり得ます。
イ また、意思決定の方法については、規則により、たとえば包括宗教団体の承認を要するとしたり、重要事項について他の議決機関の議決を要するとしたり、決議に3分の2以上の賛成を要するとしたりすることもでき、当該宗教法人の実態や歴史等の特色に応じて自律的に規定することができます。必ずしも、責任役員が一堂に会し、討論、議決をすることが義務付けられているものでもなく、持ち回りによる決議によることも、法律上は排除されていません。
ただし、責任役員の権限を他の機関に移譲したり、一部の責任役員から議決権を完全に奪うこと等は規則によっても許されないと考えられています。
⑵ 責任役員会
ア 上記のとおり、宗教法人法においては、3人以上の責任役員を置くことが規定されていますが、会社法において取締役会の規定が置かれているのとは異なり、宗教法人法上は、責任役員会等の責任役員による合議体の設置・開催についての規定はありません。そのことから、責任役員会等の合議体を設置するか否かは、各宗教法人の規則によることとなります。
ただし、責任役員は3人以上であることが要求されている(宗教法人法第18条1項)ことからすると、宗教法人の特性等に反しなければ、責任役員により構成される合議体の意思決定機関を規則上も制度化することが一部の責任役員の暴走を防ぐという見地からも妥当であると考えられます。そのため、実際上は、多くの宗教法人において、責任役員会という合議体の機関が規則により設置されています。
イ 責任役員会を設置したとしても、招集権者、招集手続、議事の進行方法、議決方法等について定めがなければ、決議の有効性等について後々紛争が生じることが考えられます。そのため、後になって決議に疑義が生じないよう、それらについても予め規則において定めておくことが合理的です。また、会議が終了した後には、各責任役員による署名または記名、押印がされた議事録を作成しておくことが望ましく、議事録を作成した場合には、事務所に備えておかなくてはなりません(宗教法人法第25条2項5号)。
ウ 上記の招集権者について、各責任役員は、責任役員会の構成員である以上、取締役会における場合と同様、原則的に招集権を有すると解されていますが、混乱が生じるのを防ぐため、多くの宗教法人においては、規則により、招集権者を代表役員と定めている場合が多くみられます。
この点について、上記のような定めがあるにも関わらず、内部紛争等により、招集権者である代表役員が責任役員会を招集しない場合、責任役員は、代表役員に対して、責任役員会を招集するよう求めることができると解されています。さらに、当該代表役員が、上記の求めにも応じず、責任役員会を開催しない場合、そのような事態についての規則の定めがなかったとしても、当該責任役員は自ら責任役員会を招集できるものとした裁判例があります(大阪地判平成24年7月27日)。
⑶ 責任役員の選任
宗教法人法上、責任役員については、「呼称、資格及び任免並びに・・・責任役員についてはその員数、任期及び職務権限・・・に関する事項」が規則で定めるべき事項とされている(宗教法人法第12条1項5号)のみで、その選任についての宗教法人法上の具体的な規定はありません。
したがって、責任役員の資格や選任方法は、規則に定めておく必要があり、実際多くの宗教法人においては、規則により、信者等で構成される総会や諮問機関等で選任すると定めています。被包括宗教法人においては、責任役員の資格制限が設けられている場合もあります。ただし、総会や諮問機関等で責任役員を選任するにしても、それらの構成員の範囲や選任の手続は、一義的には定まらないのが通常と思われるので、規則等で明確にしておく必要があります。それらが規則上定まっていなければ、慣行や協議によらざるを得ませんが、内部の紛争が生じている場合等には解決が困難となり、手続が進められなくなるリスクがあるのです。
特に、上記のとおり、多くの宗教法人の規則において、責任役員を総会にて選任するとの規定が置かれていますが、宗教法人における信者の範囲や当該宗教法人との関係は様々ですから、総会の構成員についても明確にしておくことが後々の紛争の回避のために必要です。
⑷ 責任役員の辞任、退任、解任
ア 上記の責任役員の選任の法的性質は、一般に委任(民法第643条)または準委任(民法第656条)の関係にあると解されているので、辞任、退任、解任については、規則の定め(宗教法人法第12条1項5号)がなければ、委任または準委任の規定によることになります。
イ 辞任については、規則に定めがない限り、責任役員は、いつでも辞任することが可能ですが、宗教法人において不利な時期に辞任をして、そのために宗教法人が損害を負った場合、やむを得ない事由がない限り、その損害を賠償しなければなりません(民法第651条)。
ウ 退任については、任期の満了の他、一定の就任資格が規則に定められている場合にその資格を喪失すれば、当該責任役員は当然に退任します。また、責任役員は、委任の法定終了事由である死亡、破産手続開始決定、後見開始の審判により当然に退任します(民法第653条)。
エ 解任は、責任役員の任期中にその地位を失わせることをいい、委任または準委任の解除にあたるところ、宗教法人内部において、責任役員の解任を決定する権限は、規則に定めがなければ、責任役員の選任機関にあると考えられています。
解任が有効となるための解任事由については、規則の定めがあればそれによることになります。
この点で、規則の定めがなくとも、規則全体の解釈により、①心身の故障、②職務上の義務違反、③責任役員たるにふさわしくない行為等の正当事由がある場合には解任が可能との考え方もありますが、解任の有効性についての紛争が生じないように、上記の事由についても規則に定めておく方が無難なことはいうまでもありません。
また、委任または準委任の関係を前提とすれば、宗教法人は、上記の事由も含めて、民法第651条によっていつでも責任役員を解任できるとも思われ、それを認める裁判例もありますが(京都地判昭和37年4月27日)、民法第651条が本来個人間の法律関係の処理を想定した規定であり、法律関係が複雑化し、集団化した法人等の団体に適用するのは相当ではないとの見解もあり、こうした法解釈上の問題を残さないよう、やはり解任事由については明確に規則に定めておく必要があると思われます。
なお、代表役員の解任については、その職務が恒常的で、委任関係は受任者たる代表役員のためでもあること等から、民法第651条の適用を否定する見解が有力であり、それに沿った裁判例もあります(静岡地裁沼津支部判昭和63年2月24日)。
3 まとめ
以上述べたとおり、責任役員の選任、解任、責任役員会等の機関の運営については、特に内部での対立が生じた場合等には、紛争の原因となることが多いにもかかわらず、それらが不明確であることにより、解決が困難となる場合があるので、十分に吟味の上、予め規則を整備しておくことが重要です。
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コラム|第225回 宗教法人の法律問題(1) ~機関設計~ | 弁護士法人東町法律事務所 (higashimachi.jp)