第200回 造船契約における責任制限条項
執筆者
造船契約においては、一般に、本船の瑕疵から生じた損害についての造船所の責任を制限する責任制限条項が規定されていますが、日本造船工業会の標準造船契約書式(SAJ書式)の責任制限条項の適用範囲について、昨年11月、英国High Courtが、Star Polaris Llc v HHIC-Phil Inc [2016] EWHC 2941 (Comm)において、初めての判断を示しましたので、ご紹介いたします。
本件では、引渡しを受けた新造船のエンジンに深刻な瑕疵があり、船主は、韓国のヤードまで本船を曳航し、修理を行いました。その後、船主は仲裁を申し立て、船主に対し、修繕費用、曳船料、オフハイヤーに伴う逸失利益等の支払を求め、さらに、エンジンの瑕疵による本船の評価損についても、損害賠償の支払いを求めました。本件においては、準拠法を英国法とし、SAJ書式を大幅に修正した契約書が使用されており、責任制限条項(Article IX.4(a))には、「造船所は、いかなる結果もしくは特別の損失、損害又は費用に起因するいかなる責任をも負わない("the BUILDER shall have no liability or responsibility whatsoever or howsoever arising for or in connection with any consequential or special losses, damages or expenses")」と規定されていました。
このような事実関係において、造船所は、造船所の責任はArticle IX. 1の保証条項に明記された材料及び技術(material and workmanship)の欠陥又は不良によって生じた瑕疵の修理費用に限定されており、船の評価損を含む他の経済的損失は責任制限条項によって排除されると主張しました。これに対し、船主は、Article IX.4(a)に規定された "consequential or special loss" とは、英国法の伝統的な解釈によれば、Hadley v Baxendale事件([1854] EWHC J70)の判決において示された予見可能な損害に限定されるのであって、この範囲を超える船の評価損などの経済的損失については、Article IX. 4(a)による責任制限の対象外であり、造船所は免責されないと反論しました。仲裁廷が造船所の主張を認めたため、船主は、High Courtに不服を申し立てました。
High Court のCooke判事は、仲裁廷の判断を支持し、本契約書に規定された "consequential or special loss" とは、Hadley v Baxendale事件における特別損害に限られず、これを超えるすべての損害を含む、したがって、船の評価損を含むすべての経済的損失がArticle IX. 4(a)による責任制限の対象となると判示しました。
こうした責任制限条項によって排除される責任の範囲について、英国の裁判所は、従前から、造船契約に限らず他の請負契約等についても、他の規定も含めた契約全体の解釈により、これを確定するというアプローチをとってきました。そのため、いかなる文言でいかなる責任を排除できるかは、英国法上は、個別の契約の解釈によることとなります。また、責任制限条項については、本判決が述べるようにcontra proferentemルール(文言が不明確な場合は、当該条項によって利益を受ける当事者に不利な解釈を採用する)の適用があり得ますので、責任制限条項においては、どの責任が排除されるかを具体的に明示し、一義的な文言を使用する必要があります。
本判決は、SAJ書式のArticle IX.4(a) における "special or consequential loss" の解釈に関する初めての判断を示したものとして意義があるといえますが、修正した書式における責任制限条項ついての事例判決であり、一般的な見解を示したものではありません。SAJ書式をベースとする他の造船契約については、これまで通り、他の条項との関係で責任制限の範囲が確定されますので、規定の内容によっては、当事者の意思に反した認定がされる可能性があることに留意が必要です。