第217回 ついに商法改正法が成立!約120年ぶりの改正が運送実務に与える影響とは
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今国会に提出された「商法及び国際海上物品運送法の一部を改正する法律案」が,2018年5月18日,参議院本会議で可決され,成立しました。1899年に制定されてから約120年ぶりに,商法のうち運送・海商の規定が改正されることとなります。
第196回コラムでは,この改正法案の国会提出に至る経緯とその概要をご紹介しましたが,今回のコラムでは,改正の対象とともに,この改正法の重要テーマである,
➢ 荷送人の危険物の通知義務の規定
➢ 運送人の責任につき1年以内に裁判上の請求がされないと消滅する規定
➢ 旅客の生命・身体の侵害による運送人の責任を軽減する特約を無効とする規定
についての改正概要及び運送実務に与える影響をご紹介したいと思います。
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- 改正の対象改正法が対象とする主な分野は,物品又は旅客の陸上・海上・航空運送(改正後の各種運送の適用規定につき,次表参照)並びに海商(海上運送のほか,船舶,船長,船舶の衝突,海難救助,共同海損,海上保険,船舶先取特権及び船舶抵当権)です。ただし,国際航空運送に関しては,モントリオール条約等の適用によって自足的に法律関係が規律されていることから,改正の直接的な影響は受けません。
また,これ以外のカタカナ文語体の規律が残る分野(仲立営業,問屋営業及び寄託)についても,ひらがな化され,今回の改正によって,商法典の全ての規律がひらがな化されることとなります。
【表:改正後の各種運送の適用規定】
国内運送 国際運送 陸上運送 新商法569〜594条
※海上物品運送の特則– 海上運送 物品:国際海上物品運送法・商法
旅客:商法航空運送 モントリオール条約(直接適用) - 荷送人の危険物の通知義務の規定
(1) 改正概要
荷送人は,運送品が引火性,爆発性等の危険性を有するものであるときは,その引渡しの前に,運送人に対し,その旨及び当該運送品の品名,性質その他の当該運送品の安全な運送に必要な情報を通知しなければならないという規定が新設されました(新商法第572条)。
また,荷送人は,当該通知義務に違反した場合にはこれによって生じた損害の賠償責任を負いますが,その違反につき荷送人に帰責事由がない場合には賠償責任を負わないものと整理されました(民法第415条第1項)。
(2) 実務への影響
この規定が任意規定(特約がなかった場合に適用されるデフォルト・ルール)と考えられていることから,その運送の危険性,危険性に関する情報へのアクセス可能性,危険物への対処可能性,荷送人側の性質等に応じて,荷送人は,通知義務に違反した場合には,その帰責事由の有無に関係なく,これによって生じた損害の賠償責任を負うこと(無過失責任)を合意することなどが考えられます。
- 運送人の責任につき1年以内に裁判上の請求がされないと消滅する規定
(1) 改正概要
旧法では,運送品の滅失,損傷又は延着についての運送人の責任は,基本的に運送品の引渡日から1年の消滅時効に服し,運送人がその損傷等につき悪意である場合には,5年の消滅時効に服するとされています(旧商法第589条,第566条,第522条)が,改正法では,運送品の引渡日から1年以内に裁判上の請求がされなければ,運送人が損傷等を知っているか否かを問わず,運送人の責任は消滅すること(除斥期間)とされました(新商法第585条第1項)。
(2) 実務への影響
実務で用いられる約款等では,上記(1)の1年と5年の各消滅時効を確認的に規定する例が見られますが,そのような規定は,1年の除斥期間に改められる必要があります。なお,改正法では,この除斥期間は,運送品の滅失等による損害が発生した後に限り,合意により,延長することができることとしています(新商法第585条第2項)。
- 旅客の生命・身体の侵害による運送人の責任を軽減する特約を無効とする規定
(1) 改正概要
旅客の生命又は身体の侵害による運送人の責任を軽減する特約は一律に無効とするが,運送の遅延を主たる原因とする運送人の責任や,災害地又は災害が発生するおそれがある場合における運送,及び運送に伴って生ずる振動等により生命又は身体に重大な危険が及ぶおそれのある者の運送については,例外的に責任を軽減する特約の余地を残すこととされました(新商法第591条)。
(2) 実務への影響
法制審議会では,実際の約款の中には,旅客の生命又は身体の侵害による運送人の責任の上限を2000万円程度とする旨の規定が存在することが紹介されましたが,改正法によれば,このような約款は基本的に無効となります。
他方,鉄道運送等の約款では,運送の遅延を主たる原因とする運送人の責任を一定限度に制限する旨の規定も見られるところ,改正後においても,このような規定が商法によって無効とされることはありません。
また,例外的に免責特約が認められる要件のうち「災害が発生するおそれ」について,国会における質疑の中では,例えば,日本では震災が不定期に発生するというだけでは,このおそれがあるとは言えず,ある地方で実際に震災が発生したことから,その地方では近日中に更なる大きな余震が発生する可能性があるといった程度の具体的なおそれが必要であるとされました(2018年4月18日衆議院法務委員会・法務省民事局長答弁)。
このほか,特に病人,妊婦の方等との間で,運送中に何らの損害が発生しても運送人の責任を免除する旨の合意をすることやそのような内容の誓約書を提出させることには注意を要します。改正法では,生命又は身体に「重大な」危険が及ぶおそれがあるときに限って,一律に特約を無効とはしないと定めていることから,このような「重大な」危険が及ぶおそれが認められない単なる病人や妊婦等に関しては,原則どおり,運送人の免責特約が無効とされることとなります。
なお,例外規定に該当し,商法上一律に無効とされない特約であっても,旅客の利益を一方的に害するものは,消費者契約法第10条,民法第90条等により無効とされる余地があることから,特約の内容は慎重に検討される必要があります。
- 改正の対象改正法が対象とする主な分野は,物品又は旅客の陸上・海上・航空運送(改正後の各種運送の適用規定につき,次表参照)並びに海商(海上運送のほか,船舶,船長,船舶の衝突,海難救助,共同海損,海上保険,船舶先取特権及び船舶抵当権)です。ただし,国際航空運送に関しては,モントリオール条約等の適用によって自足的に法律関係が規律されていることから,改正の直接的な影響は受けません。
以上,重要な改正テーマと実務に与える影響をご紹介させていただきましたが,この他にも,条数にして200箇条を超える改正が行われることとなり,この改正が陸上・海上・航空の運送実務に与える影響は非常に大きいものとなります。
この商法改正法の施行日は公布の日から1年を超えない範囲内において政令で定める日とされていますので,2017年5月26日に成立した民法(債権関係)改正法(施行日:2020年4月1日)の内容も踏まえながら,これから,速やかに,各種標準運送約款や各社で作成する運送約款,運送関係の契約書等の改訂・見直し作業を進める必要があると考えます。