第220回 オーストラリアの会社法の改正 〜相手の倒産に基づく解約が無効になる
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- オーストラリアの会社法の改正 〜相手の倒産に基づく解約が無効になる?
近時、オーストラリア政府は、債務超過の状態になった会社が清算されることなく、再生できるように、倒産法制度の有効性を高めようとしています。その一環として、昨年9月に、会社法における、会社の倒産に関連する2点が改正されました。1点目は、「safe harbour provisions」(免責条項)の追加です。この条項は、直ぐに倒産手続を開始するより、会社にとってより良い結果につながる可能性が高い行動方針の展開を開始する場合には、取締役を個人的な責任から免責することとしており、同年9月に施行されました。
2点目は、契約の「ipso facto clause」(事実自体によって運用される条項)に対する規制です。この改正法は、2018年7月1日から施行されます。「ipso facto clause」は、商事契約書によく見られる条項であり、ある当事者が再建型の倒産手続等を開始する場合、その相手の当事者が、契約の解約、契約の条件変更、あるいはその他の権利を行使できることを認める条項です。この条項の運用によって、会社が自主的に再生手続を開始する場合、会社の調達先、顧客先、及びその他の債権者が契約を解約等するため、実務上、会社が再生できる可能性が極めて低くなってしまう場合が多いです。
今回の会社法の改正によって、契約の相手方が再生手続を開始したことに基づく契約の解約等を、その手続が終わる時までできないことになります。ただし、会社が直ちに清算手続を開始する場合には、今回の改正法は適用されません。さらに、改正の適用外になる一定の契約類型もあります。
- 改正の重要なポイント
この改正は、契約に基づいた権利の行使に関する大きな改正ですが、重要なポイントは、2018年7月1日以降に締結された契約にのみ適用されることです。したがって、それ以前に締結された契約は有効であり、2018年7月1日以降でも改正の影響を受けません。これによって、オーストラリアで契約を締結している既存の企業にとっては問題ありませんが、契約が締結された日によって、ある企業は契約を解約等できるのに対して、別の企業は契約を解約等できないという不公平な状況を生むことになります。
改正法の目的は、契約の相手方が倒産手続を開始したこと自体を理由とする解約を禁止することです。したがって、解約をしたことに合理的な理由がある場合、たとえば、取引先が商品を引き渡さない等の場合、たとえ、その不履行が取引先の資力に関連していたとしても、従来どおり解約できます。
そして、金融商品等に係るもののように、改正法の対象外になる契約類があります。また、主務大臣は、改正法の対象から外される契約のリストを設け、更新できます。これにより、改正法の当初の適用範囲を特定し難くなりますが、その一方、政府は、将来の状況の変化に柔軟に対応できることができます。
注意すべきもう一点は、裁判所が、契約条項に関して、相当な幅広い裁量を有することです。契約の当事者が、相手方の倒産手続と直接に関係しない理由に基づいて契約を解約等しようとする場合、裁判所は、その解約等の理由が実質的に改正法に違反していることを理由に、その契約の解約等の効力を否定することができます。さらに、倒産手続を開始した会社の管財人は、契約の相手方が契約を解約等する前に、裁判所に対して中止命令を申し立てることができます。
上記と関連する重要な課題は、その裁判所の命令の影響です。契約の当事者は、契約を解約等しようとし、かつ、その行為が改正法を違反したと認められた場合、倒産手続を開始した会社が、契約の相手方が不当に契約を解約したと主張できると考えられます。その結果は、契約を解約等しようとした当事者は、倒産手続を開始した会社に対して、不当解約の損害賠償を支払うように命じられる可能性があります。
- オーストラリアの会社と取引がある場合の影響は・・・?
まず、既にご説明している通り、今回の改正法は、2018年6月30日以前に締結された契約に適用されないため、現時点で締結されている契約の有効性には影響がありません。
次にオーストラリアの会社と取引を行っている場合には、法の抵触(適用される法律が一つの国の法律だけでなく、複数の国の法律であり、その法律の間に抵触を生ずること)について、考慮する必要があります。改正法は、あくまでオーストラリアの法律であるため、オーストラリアの国外でこれを執行することは実務的に難しいと考えられます。例えば、日本の買主とオーストラリアの売主との間の契約の準拠法が日本法である場合、オーストラリアの売主が倒産手続を開始しても、改正法が適用されないため、日本の買主が、契約に基づく権利を従来どおりに行使できるでしょう。
一方で、契約の準拠法がオーストラリア法の場合には、当然、今回の改正法が適用されることになります。実際には、日本の会社が改正法が制限する契約上の権利を日本国内において行使すれば、オーストラリアの会社法に基づいた中止命令を執行することは難しいと思いますが、慎重に対応を決定する必要があります。
最後に、改正法の実質的な適用範囲に関する課題がまだ残っています。適用範囲については、担当大臣が規則によって、その適用範囲を変更することができるようになっています。従って、オーストラリアの取引先が倒産手続を開始した場合、倒産手続の開始を理由とした権利を行使する前に(例えば、倒産手続きの開始を理由とした解約権等)、その取引が改正法の適用範囲に含まれるかどうかを弁護士に相談する必要があります。安易に契約上の権利を行使してしまうと、その権利行使が改正法によって禁止されており、契約の不履行であるとして、逆に提訴をされるリスクがあります。
- おわりに
今回の改正法は、倒産法制度を通じて、経営難に陥った会社を再建しやすくし、また新たなスポンサーへの事業譲渡をやりやすくするもので,円滑な倒産手続を指向するものです。改正法に基づく契約上の権利行使の制限は、会社が倒産手続を終結する時、あるいは、会社が最終的に清算される時まで有効であるため、結果的に配当率の上昇につながるものとして、会社の債権者にとっても利益があるものと考えられています。
倒産手続を行っても、継続企業として生き残る会社が増えれば、倒産手続が開始された時点で、契約を解約しなかった(正確に言うと、改正法によって「解約できない」ことになります)取引先にとっても、より良い結果になると思われます。
当たり前のことかもしれませんが、海外の取引先が経営難に陥った場合、様々な要因を考慮したうえで、対応を決める必要があるため、弁護士に相談し、法的アドバイスを受けることが重要であると思います。