第225回 宗教法人の法律問題(1) ~機関設計~
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- はじめに日本においては,18万以上もの宗教法人が存在し(2016年12月31日現在,文化庁ウェブサイト「宗教法人と宗務行政 概要」参照),その教義とする内容も,神道系,仏教系,キリスト教系と多岐にわたります。
宗教法人も,他の営利法人と同様,その有する財産に関する紛争,あるいは,代表者の選出に関する内部組織上の紛争等の危険を潜在的に有しており,それが顕在化して紛争となると,その宗教上の教義内容,宗教活動に関わる方針や歴史的背景といったものも大きく影響するため,内容も複雑で激しい対立となることが少なくありません。
したがって,宗教法人も,その意思決定のための機関設計や財産管理・処分等についての規定等を明確に定めておくことにより,無用な紛争を予防していくことが重要であると思われます。本コラムにおいて,この点に関し,数回に分けて,解説していきたいと思います。
- 宗教法人の意思決定についての規定宗教法人法第18条は,宗教法人の執行機関である代表役員と事務の決定機関である責任役員の設置,員数,職務権限,職務権限の行使の方法について,以下のとおり規定しています。
[宗教法人法第18条]
1項:宗教法人には,三人以上の責任役員を置き,そのうち一人を代表役員とする。
2項:代表役員は,規則に別段の定がなければ,責任役員の互選によって定める。
3項:代表役員は,宗教法人を代表し,その事務を総理する。
4項:責任役員は,規則で定めるところにより,宗教法人の事務を決定する。
(5項以下略)宗教法人法の規制は,宗教法人の活動のうち,財産の所有や維持運用などの世俗的側面に関わるもののみとされている(宗教法人法第1条1項)ので,上記「事務」(第3項)とは,宗教上の事項を除く,世俗的事務との意味であり,宗教的事項以外の一切の行為に及ぶものと解されています。
なお,これに対し,宗教法人の宗教的側面,例えば教義内容や宗教活動は,日本国憲法の政教分離や信教の自由により,広範な自律権が保障されているため,当然,宗教法人の自治や自律権にゆだねられることになり,多数決や民主的運営などといった世俗的な原理は,当然には妥当しません。
- 代表役員と住職等
(1) 宗教法人規則
宗教法人の世俗的事項を内容とする「規則」についても,宗教法人法で定める必要的記載事項を除き,具体的な内容は,法律に抵触しない限り,宗教法人の自治に委ねられており,宗教法人の財産関係のみならず,内部組織としての機関設計についても,宗教団体の実情に合わせた合理的なものにしていく必要があると思われます。もっとも,規則には,宗教団体の歴史や慣行等をできる限り反映させることができるようになっています。したがって,例えば役員の資格・員数・任免等,諮問・議決機関や監査機関の設置,公益事業・その他の事業の実施,被包括関係の設定・廃止などの事項についても,宗教法人の特性に応じ,自主的に規則に定めることができるため,これらの世俗的な事務についても,実際上は,多数決や民主的運営に必ずしもなじまない場合があり得ます。
(2) 代表役員の選任
ア 住職等の地位との関係
現行の宗教法人法においては,住職,法主,座主,管長等は,単に儀式の執行,協議の宣布等宗教的な活動ないし機関面における主催者の地位を有するに過ぎず,法人の管理機関としての組織法的な地位を有しません。住職等は,信仰上の地位といえるものであり,住職等そのものの地位について,宗教法人法は全く規定していないのです。もちろん,一般には「住職」等と呼ばれる人がその法人の「代表役員」である場合が多く,寺院規則の中で「住職」等をもって「代表役員」に充てるとする規則も多く見られますが,そのような規則の定めがない限り,住職等が当然に宗教法人である寺院の代表役員になるとは限りませんし,住職と代表役員を別々の人をもって充てることも全く構いません。この場合には,規則に代表役員の呼称・資格・任免・任期・職務権限等を住職とは別に規定をしておかなければなりません(宗教法人法第12条1項5号)。これらの規定を欠いた,または,規定の内容が不明確であったために,代表役員の地位の存否に関して紛争となるケースが少なくありません。
イ 包括関係
また,宗教上の地位としての住職等の地位は,主に宗派(包括宗教法人)の規則に定めがあり,これに対応した規則が各寺院(被包括宗教法人)において定められており,宗派,包括宗教法人から任命を受けることによって,各寺院の住職等に任命されるという関係にあるケースが多くみられます。この点で,宗教法人法第12条1項12号は,第5号から11号までに掲げる事項について,他の宗教団体を制約し,又は他の宗教団体によって制約される事項を定めた場合には,その事項を双方の規則に記載しなければならないとしています。例えば,代表役員が包括宗教法人により任命される場合や規則の変更に際し包括宗教法人の承認が必要となる場合には,その事項が被包括宗教法人の規則において定められていなければ,包括宗教法人の規則に被包括宗教法人を制約する規定があっても,被包括宗教法人には対抗できません。
包括宗教法人と被包括宗教法人の規則にどの程度の具体的規定をおけば相互規定の趣旨を満たすこととなるかは微妙な問題があり,その相互規定としての効力の有無に関しての紛争となる可能性があります。被包括宗教法人の規則中に「包括宗教法人の規則で当法人に関する規定は,当法人にも効力を有する」旨の規定があれば,その規定が被包括宗教法人の規則等と抵触し自律性を害するような条項でない限り,相互規定としての効力を有するとする見解もありますが,異論もあり,規則の規定としては,上記のような一括した規定ではなく,被包括宗教法人が制約される事項を個々に規定すべきと思われます。